慌てるゴダールをカメラは逃さない
リチャード・リーコックとD・A・ペネベイカー。ともにアメリカにおけるシネマ・ヴェリテの先駆的存在である。1968年、この二人がゴダールと組んで共同製作に入った。
ゴダールは65年に「男性・女性」をシネマ・ヴェリテのスタイルで撮っており、決して意外な組み合わせではない。
映画は「1AM」(ワン・アメリカン・ムービー)と名付けられる。企画・演出はゴダール、撮影はリーコックとペネベイカー。しかし、撮影が終わるとゴダールは製作を放棄してしまう。
宙吊りになった本作を編集して完成させたのはペネベイカーである。タイトルは「1PM」(ワン・パラレル・ムービー、ゴダールに言わせればワン・ペネベイカー・ムービー)に変えられた。
映画は、撮影クルーに対しゴダールが企画のプレゼンを行うシーンからスタートする。作品は5つの断片から成り、各断片はいずれもドキュメンタリーとドキュメンタリー風のフィクションという2つのパートに分かれる。ドキュメンタリー部分は10分の長回し。
そんなゴダールの説明を聞いていると、本作の直後にローリング・ストーンズのレコーディング風景を撮った「ワン・プラス・ワン」(68)の、同様な構成を思い出す。この時期のゴダールにとって、それが最上の話法だったのだろう。
登場人物は4人プラス1グループ。反戦活動家のトム・ヘイデン、ブラックパンサーの中心人物だったエルドリッジ・クリーヴァー、ウォール街の女性弁護士、ブロンクスの黒人少女、そしてロックバンドのジェファーソン・エアプレインだ。
それぞれがゴダールのインタビューに答える形で、政治や革命、資本主義など、自分の考えを語り、それを別の場所でプロの俳優たちがアレンジしながら反復する。というはずだったが、完成作を見ると、登場する俳優はリップ・トーン一人だけで、反復されるスピーチも一部だけである。
建設中の高層ビルをエレベーターで昇り降りしながらヘイデンの演説を繰り返すシーン、また、黒人が多く住むブルックリンの中学校に仮装して乗り込み、体制側に属する女性弁護士の話をもとに挑発的な振る舞いを見せるシーンに、ゴダールの原案が生かされている。
ただし、中学校の場面では生徒たちがゴダールの思惑とは異なる反応を示してしまう。リップ・トーンもまた生徒たちに同調するかのように脱線し、予想外の盛り上がりを見せる。慌てるゴダールの姿をカメラは逃さず、これはこれで面白いが、ゴダールが気に入っていないことは明白である。
こういったトラブルを含め、ゴダールの細かい演出ぶりを見ることができるのは、本作の魅力の一つである。思ったより英語が達者なのも発見だった。
いかにも即興っぽく映画を仕立てるのが上手いゴダールに対し、即興の職人とも言えるのがリーコックとペネベイカー。彼らの臨機応変なカメラワークは随所で輝きを放っている。
予定外に撮影することになったらしいリロイ・ジョーンズの路上パフォーマンスでは、水を得た魚のよう。激しい動きを伴うアドリブ演奏を、多様なアングルから臨場感たっぷりに映しとっている。
極め付きは、ジェファーソン・エアプレインの屋上ライヴだ。警官に止められ演奏できたのは“The House At Pooneil Corners”1曲だけだったが、その圧倒的なロックサウンドに、通行人は立ち止まり、ビルの窓からはオフィスワーカーたちが顔を覗かせる。
ボーカルのグレイス・スリックやマーティ・バリンにズームインするカメラは、窓から身を乗り出すカップルや、隣接するビルの屋上から眺める老夫婦などにもすばやくレンズを向ける。
ジェファーソン・エアプレインが出演している「モンタレー・ポップ フェスティバル’67」(68)でも感じたことだが、ズームやパンで一瞬だけボケる映像にペネベイカー独特の味がある。ボケを補正した瞬間に被写体が浮かび上がる快感を、このライヴ映像は存分に味わわせてくれる。
屋上ライヴというと、映画「レット・イット・ビー」(70)にも収められたビートルズの演奏が有名だが、実はジェファーソン・エアプレインが2カ月ほど先んじている。その意味でもなかなか貴重な記録となった。
ゴダールが投げ出し、ペネベイカーが仕上げた本作。ゴダールの意図からは外れ、ほぼメイキング映像と言ってよい作品となったが、全編にドキュメンタリーの面白さがあふれていて、最後まで飽きさせない。カメラの力を感じさせてくれる映画だ。
1PM-ワン・アメリカン・ムービー
1971、アメリカ
監督:D・A・ペネベイカー、リチャード・リーコック
出演:ジャン=リュック・ゴダール、リップ・トーン、リロイ・ジョーンズ、エルドリッジ・クリーヴァー、トム・ヘイデン、ジェファーソン・エアプレイン
公開情報: 2023年4月22日 土曜日 より、新宿・K’s cinema他 全国ロードショー
コピーライト:© Pennebaker Hegedus Films / Jane Balfour Service
配給:アダンソニア、ブロードウェイ