日本映画

映画レビュー「こっぴどい猫」

2021年2月22日
還暦の作家が行きつけのスナックで若い女性に遭遇。男心をそそられる。女性の挑発的な態度は作家の心をかき乱し――。

還暦男を小悪魔が誘惑?

※「あの頃。」公開中の今泉力哉監督作品「こっぴどい猫」(2012)公開時に書いたレビューを、一部加筆した上で掲載します。

主人公は、還暦目前の作家、高田則文。妻が病没してからは小説が書けない状態が続いているものの、生活に困るふうでもなく、気ままなシングルライフを楽しんでいる。

そんな高田が、行きつけのスナックでミステリアスな雰囲気を持つ女性、小夜と遭遇。久々に男心をそそられる。結婚以来、色事には縁のなかった高田。最初は分別ある大人として振る舞うも、小夜の挑発的ともとれる態度に、やがて理性のタガが外れていく――。

“モト冬樹生誕60周年記念作品”として製作された、可笑(おか)しくも切ない恋愛映画「こっぴどい猫」。高田と小夜との関係が軸になってはいるが、その周りに、高田の娘夫婦や息子、高田を慕う若手作家など、さまざまな人間関係がからみつき、それぞれが意外な形でつながっている。

その中心にいるのが小夜である。いわゆる小悪魔的な女性なのだが、本人にその自覚はないようだ。

意図の読めない言葉、曖昧な表情。そこに、計算や企みはない。しかし、その天然さが高田をはじめ、男たちの心を惑わせ、何組ものカップルに亀裂を生じさせていく。魔性の女たるゆえんである。

この小夜に扮した小宮一葉の演技が出色だ。もしかしたら演技ではなく、素の自分を出しているだけなのかもしれない。絶叫型の大げさな演技とは正反対。かといって、脱力演技というのとも違う。この独特の生々しい気配は何だろう。

小宮以外の役者たちも、負けず劣らず生々しい。この映画では、セリフはすべて明瞭に発音され、顔はしばしばクロースアップでとらえられる。

ごまかしのきかない状況での演技。しかし、彼らに全く隙はない。最初から最後まで映画の中の住人となりきって、リアルな存在感を放ち続けるのである。

監督は、脚本も手がけ、自ら狂言回し的な役で出演もしている新鋭・今泉力哉。卓越した演出力で役者たちの自然な演技を引き出し、独特な映像空間をつくり上げることに成功している。

モト冬樹が、実年齢と同じ作家役を好演。哀愁漂わす抑えた演技から一転、還暦パーティのクライマックスで見せる爆裂ぶりも見ものである。

こっぴどい猫

2012、日本

監督:今泉力哉

出演:モト冬樹、小宮一葉、内村遥、三浦英、小石川祐子、平井正吾、後藤ユウミ

公式サイト:http://www.dudes.jp/koppidoineko/

コピーライト:© 2012 DUDES

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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