日本映画

映画レビュー「あの頃。」

2021年2月18日
退屈な毎日を送っていた主人公が、突然、アイドルオタクの世界に目覚める。個性的な面々と過ごす刺激的な日々が始まった。

オタク魂あふれる青春映画

その昔、都内にある3大学のアイドル愛好サークルが、“花の中三トリオ”と呼ばれ人気上昇中だったアイドル歌手3人の応援を分担した。

A大学はY・M、B大学はS・J、C大学はM・M。各サークルのメンバーは、担当するアイドルに操(みさお)を立て、競合アイドルには目もくれず…だったかどうかは分からないが、とにかく、あり余る自由時間とエネルギーを、アイドルの応援に注(つ)ぎ込んでいたことは間違いないだろう。

今泉力哉監督の新作「あの頃。」を見ていて、70年代の“あの頃”を思い出してしまった。それまでは手の届かない、まさに偶像的存在であったアイドルと、その熱烈な支持者であるファン。両者の距離が急速に縮まり始めたのが、あの時代だったかもしれない。

あれから数十年の時が流れ、アイドルとファンが形成する空間は、大きく変質した。アイドルあるところ応援団あり。アイドルオタクと呼ばれる熱烈なファン集団は、今や年中暇な学生ばかりでなく、フリーターや会社員なども包み込み、堂々たる存在感を放っている。

本作は、そんなアイドルオタたちの狂騒と友情の日々を、ミュージシャン志望のフリーター青年の目を通して描いた青春映画だ。

2000年代初頭の大阪・阿倍野。主人公の劔(つるぎ)は大学を出てバンド活動をしているが、イマイチ熱が入らず、鬱々とした日々を送っていた。ところが、友人からもらった松浦亜弥のDVDを見て、突如、アイドルの世界に覚醒する。

興奮して駆け込んだCDショップで、店長のナカウチから知らされたイベントに参加。これがきっかけで「ハロプロあべの支部」のメンバーとなり、アイドルの世界にのめり込んでいく。

豪快なリーダー格のロビ、ひねくれ者で憎まれ口ばかり叩くコズミン、ヲタ活グッズを自作するマニアックな西野、自宅をたまり場として提供しているイトウ、そして親切な常識人のナカウチ。個性あふれる仲間たちとの交流は、劔にこれまで味わったことのない喜びと安らぎを与える。

しかし、人生には試練もある。失恋、裏切り、別離。そして死も。だが、その悲しみや寂しさを、彼らは真正面から受け止めることをしない。まるですべてが作り話であるかのように、冗談めかして、笑い合うのである。最もつらいはずの死に別れの瞬間すら、彼らは笑いの種としてしまうのである。

いつも楽しく、面白おかしく生きてきた。その快適な日々を、現実のくだらない悲劇や不幸に邪魔されてたまるものか。友情を壊されてたまるものか――。オタクの心意気とでもいうべき思いが、人生をコメディに変える。

劔樹人の自伝的エッセイ「あの頃。男子かしまし物語」を「愛がなんだ」(2019)の今泉力哉監督が映画化。劔に扮した松坂桃李が、相変わらずの達者な演技を見せている。

松浦亜弥の握手会で緊張するシーン、イベントのチケットを落札し、出品者の女性と観覧後に立ち話をするシーン、「ハロプロあべの支部」最後のステージで涙を流すシーン……。アイドルオタクへの愛に満ちあふれた名場面の数々が、瞼に焼き付いて離れない。

あの頃

2020、日本

監督:今泉力哉

出演:松坂桃李、仲野太賀、山中崇、若葉竜也、芹澤興人 / コカドケンタロウ、大下ヒロト、木口健太、中田青渚、片山友希 / 山﨑夢羽(BEYOOOOONDS)/ 西田尚美

公開情報: 2021年2月19日 金曜日 より、TOHOシネマズ 日比谷他 全国ロードショー

公式サイト:https://phantom-film.com/anokoro/

コピーライト:© 2020『あの頃。』製作委員会

配給:ファントム・フィルム

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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