飢餓地獄と化した収容所で、多くの命が奪われた。“反右派闘争”とは何だったのか。生存者たちの証言が、歴史の闇に光を当てる。

君ならどうする?

「我々は人民の自由な発言を歓迎する!」。1956年、中国共産党が打ち出した“百家争鳴”キャンペーンに応じ、多くの知識人が、党への不満や批判を口にした。

すると、57年、党は彼らに“右派”のレッテルを貼り、再教育収容所へと送り込んだ。66年から始まる文化大革命を先取りした、だまし討ちのような異分子排斥。いわゆる反右派闘争である。

ワン・ビン監督は、2007年にドキュメンタリー映画「鳳鳴―中国の記憶」、2010年に劇映画「無言歌」で、この反右派闘争を描いたが、「無言歌」の撮影に際しては、事前に、再教育収容所へ送られた人々へのインタビューを行っている。

本作は、そのときのインタビューに、本作のため新たにインタビューを追加して構成した作品だ。

当事者が画面に姿をさらし、筆舌に尽くしがたい体験を、自らの言葉で語っていく。「無言歌」でドラマとして再現された悲劇を、生々しい証言が裏打ちしていく。

本作を見た者は、「無言歌」での熾烈な映像体験を、より切実な感触をもって反芻することだろう。

8時間を優に超える大長編。並みの監督なら、さまざまな資料映像を交えるなど、観客の興味をそそる工夫を凝らすだろう。だが、ワン監督は、ただ素材としてのインタビュー映像を並べていくだけだ。

インタビューで主に語られるのは、飢えの話である。収容所で過ごした時期が“毛沢東の大飢饉”と重なった。それで、収容所が地獄と化した。

「収容所を出て村に戻ると“食人”が行われていた」。「埋葬する遺体の腹を裂いて内臓を取り出し、焼いて食べた人がいた」。「死人の分の給食を手に入れるため、隣の囚人が死んでも黙っていた」。

すさまじいエピソードの数々を、生き延びた老人たちが披露していく第一部、第二部。淡々と進んできたインタビューが、第三部で大きく調子を変える。

「体が弱り、毎晩のように夢精が起きた」。「ひえばかり食べて便秘になった。互いの肛門から便を掻き出し、尻が血まみれになった」。悲惨なだけじゃなく、人間的なユーモアが混じる。スクリーンからどっと感情が噴き出す。

初めて弾圧側の証人も登場する。“囚人”に対して同情心はあったのだろう。だが、党には逆らえない。彼はワン監督に言う。「できることは何もなかった。君ならどうする?」。本作の圧巻と言うべき名場面である。

中国の過去の悲劇についてのドキュメンタリー。しかし、それだけですませてはいけない。なぜなら、似たようなことは、その後も世界のどこかで繰り返され続けているはずだからである。

自分もいつか同じ立場に置かれるかもしれない。そのとき、君ならどうする?

『死霊魂』(2018、フランス/スイス)

監督:ワン・ビン

2020年8月1日(土)より、シアター・イメージフォーラム他全国ロードショー。

公式サイト:http://moviola.jp/deadsouls/

コピーライト:©LES FILMS D’ICI-CS PRODUCTIONS-ARTE FRANCE CINÉMA-ADOK FILMS-WANG BING 2018

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