中国都市部の工業団地で働く出稼ぎ労働者。その人間像に迫る渾身のドキュメンタリー。

出稼ぎ労働者の人間模様

16歳の少女シャオミンが、中国・雲南省の山間地から、バスと列車を乗り継ぎ、大都市・上海に近い浙江省湖州市の工業団地へ向かう。彼女にとって、初めての“出稼ぎ”だ。

縫製工場での仕事は、決して楽ではないだろう。しかし、若い彼女には、不安より期待が上回っているようだ。

「絶対に男と逃げたりしないでよ」。現地まで同行するユェンチェンが浮かれ気味のシャオミンにくぎを刺す。

到着したシャオミンが、仕事や住居について説明を受ける。さて、どんな試練が彼女を待ち受けているのだろう。

 

そう思って見ていると、カメラは、リンリンという女性に視点を移してしまう。同じ職場で働く人妻。夫のアルヅと喧嘩して妹夫婦の家に居候しているが、他人の家では眠れず、不眠症気味である。

工場を出て、アルヅが経営する麻雀屋兼自宅へ向かう。とたんに喧嘩が始まる。「くそアマ、出ていけ」「ここは私の家よ」「殺してやる」。激昂し、手を上げるアルヅに、「女房を殴るな」と、友人らしい男が止めに入る。

この夫婦喧嘩のシーンがとても長い。そして面白い。本作の中でも最も見応えのある場面と言ってよいかもしれない。

「苦い銭」というタイトル通り、全体としては、過酷な労働条件と安い賃金の話がメインではある。だが、突如として、こういうプライベートな風景が映し出される。

意表を突くシーン。リンリンを追って行ったらたまたま撮れた映像なのかもしれない。それをテーマに合わないからと捨てずに使った。そして、この名場面が生まれた、ということだろう。

同じようなシーンはほかにもある。この職場に見切りをつけ、条件のよい工場に移ろうとしている、ホアン・レイという中年男性。

既婚だが、同僚の女性に気があり、彼女の周りをうろついては遠回しに口説こうとする。女性は相手にしないが、全く脈がないわけでもなさそうだ。酒飲みでギャンブル好きの遊び人だが、女性へのアプローチは意外に下手くそである。

カメラは次々と別の人物に視点を移し、新たなエピソードを紹介していく。リンリンたちの夫婦喧嘩を仲裁したラオイエという男は、貧しさから抜け出すため、違法なマルチ商法に手を出そうと計画している。

仕事がのろくノルマが達成できないファン・ビンは、解雇を言い渡され、新たな職場に挑戦する。

 

ドキュメンタリー映画の魅力は、人間の魅力である。これぞと思った人物にカメラを向ける。警戒心を解き、ありのままの表情や言葉を引き出す。そのテクニックの巧拙が、作品の出来栄えを決定する。

本作に出演したシャオミンらの出身地を舞台に、極貧の子供たちの生活を追った「3姉妹~雲南の子」(2012)や、隔離された精神病患者の実態に迫った「収容病棟」(2013)。

これらは、テーマや被写体そのものに強烈なインパクトがあった。それだけで観客の興味や関心を引くことができた。それに比べると、本作の舞台はさほど過酷でも悲惨でもない。

にもかかわらず、163分の長尺に一瞬たりとも退屈な時間が存在しないのは、ワン・ビン監督が卓越したテクニックで人物の人間的魅力を引き出すことに成功しているからにほかならない。

ヴェネチア映画祭で脚本賞およびヒューマンライツ賞を受賞。

『苦い銭』(2016、フランス・香港)

監督:ワン・ビン

2018年2月3日(土)より、シアター・イメージフォーラム他全国ロードショー。

公式サイト:http://www.moviola.jp/nigai-zeni/

コピーライト:©2016 Gladys Glover-House on Fire-Chinese Shadows-WIL Productions