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映画レビュー「50年後のボクたちは」

2018年4月16日
映画レビュー「50年後のボクたちは」
イケてないボクは、ブッ飛んだ転校生に誘われ、あてどないドライブへ。少年たちのひと夏の冒険を描く、爽快なロードムービー。

忘れ得ぬひと夏の冒険

※新作「女は二度決断する」が公開中のファティ・アキン監督作品「50年後のボクたちは」(2016)公開時に書いたレビューを、一部加筆した上で掲載します。

クラスに気になる子がいる。その子は、自分のことなんか眼中にない。あたりまえだ。彼女は美人で、派手で、女王様的存在。一方、こっちは、KYで、オタクっぽく、浮いた存在。そもそも住む世界が違うのだ。

14歳の“イケてない”男の子、マイク。父親は不動産ビジネスで財を築き、プール付きの豪邸を建てたが、母親がアル中の治療で家を空けるや、とたんに愛人と旅行に出てしまう。

映画レビュー「50年後のボクたちは」

夏休み。一人残されたマイクのもとに、ロシアから転校してきたばかりのチックが、どこで盗んだか、オンボロ車を駆ってやってくる。

子供が車を運転している時点でアウトなのに、盗難車。でも、そんなの気にもかけない。少年だから刑罰の対象にあらずと、涼しい顔なのだ。内気なマイクとは対照的に、ブッ飛んだ奴。

映画レビュー「50年後のボクたちは」

その日は、マイクが首ったけな“女王様”の誕生日。ところが、クラスではマイクとチックだけが招待されていない。ならば、こっちから押しかけるまで。

チックは、ためらうマイクを助手席に乗せ、誕生パーティに乱入する。マイクは、心を込めて描いた彼女の似顔絵をプレゼントすることに成功。ささやかな達成感を胸に、二人はあてどないドライブに出るのだった――。

 

映画レビュー「50年後のボクたちは」

ドライブが始まるや、GPSで居場所がばれるからと、チックがマイクのスマホを窓から放り捨てる。「イージー・ライダー」(69年)の冒頭で、ピーター・フォンダが腕時計を外して投げ捨てる場面を思い出す人もいるだろう。体制からの決別宣言。

映画レビュー「50年後のボクたちは」

便利なスマホと引き換えに、少年たちが手に入れたとびきりの自由。とうもろこし畑に描く即興アート、風力発電所での野宿、廃墟の少女との出会い、貯水池での水浴び……。14歳の少年たちが、濃密な体験を重ねながら、人間的に成長していく。

何か何まで管理され、もはや自由など存在しないかに見える現代っ子の世界。ところが、スマホを取り上げるだけで、これだけ伸び伸びと生きることができるのだ。

もしスマホを捨てさせなければ、こんなにワクワクするロードムービーなんか撮れなかったに違いない。加えて、盗難車を運転させるという設定。広大なドイツの国土を駆け抜ける姿が、少年たちの生命力、躍動感とよくマッチしている。

 

映画レビュー「50年後のボクたちは」

監督はドイツの名匠ファティ・アキン。初期作「太陽に恋して」(2000年)を貫いていたダイナミズムとロマンティズムが、本作にも力強く脈打っており、見る者の胸を熱くさせるとともに、爽やかな後味を残す。

『50年後のボクたちは』(2016、ドイツ)

監督:ファティ・アキン
出演:トリスタン・ゲーベル、アナンド・バトビレグ・チョローンバータル、メルセデス・ミュラー

公式サイト: http://www.bitters.co.jp/50nengo/

コピーライト:© 2016 Lago Film GmbH. Studiocanal Film GmbH

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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