バーで引っかけた娼婦を自宅に連れ込み惨殺する。70年代西ドイツに現れた戦慄の殺人鬼。その不気味な人物像をリアルに描く。

老娼婦が次々と犠牲に

1970年、ハンブルク。女が下着に包まれた尻をこちらに向けてベッドに横たわっている。眠っているのか? 違う、死んでいるのだ。男が女の上にのしかかり、女の頭部から袋をかぶせる。

男はベッドから死体を下ろし、ノコギリで切断しようと試みる。しかし、なかなかうまくいかず、何度目かの挑戦でようやく成功。血しぶきが上がる。

男の名はフリッツ・ホンカ。70年代にハンブルクを恐怖に陥れた連続殺人鬼である。

上述したのは映画の導入部だ。フリッツが自分で殺した娼婦の死体を処理する姿を淡々と描き、この男の凶悪さを強烈に印象づけている。

いわゆる下層社会に属する独身男で、容貌はきわめて醜い。まともな女性には相手にされず、“ゴールデン・グローブ”という行きつけのバーで、年増の娼婦を引っかけては、一夜の快楽を貪るのが唯一の楽しみらしい。冒頭の女もそんな娼婦の一人だったのだろう。

劣等感を刺激されたり、気に入らないことがあったりすると、すぐに逆上し、暴力をふるう。それがエスカレートすると、殺人に至ってしまう。

顔面を殴りつけた拍子に、老女の入れ歯が粉々になって飛散するシーン。殴った女の反撃に腹を立て、タオルで首を絞め上げるワンカット長回し。いずれも、その映像のリアリティに息を呑む。

だが、凶暴なだけの男ではない。カフェで美少女に遭遇すると、言葉を交わすこともせず、立ち去る少女の後ろ姿をじっと見つめる。初心な少年のような部分もあるのだ。

もちろん、その純情さは不気味さと紙一重であり、きっかけさえ与えられれば、少女は老娼婦と同じ運命をたどる可能性だってある。実際、本作では美少女の面影がオブセッションとしてフリッツの意識を支配し、最後までサスペンスを盛り上げていくのだ。

監督は「女は二度決断する」(17)のファティ・アキン。自身の出身地であるハンブルクに実在した殺人鬼の肖像を、毒々しいまでのリアルさで描き出している。

フリッツに扮するのは、若手の注目株ヨナス・ダスラー。特殊メイクにより23歳のイケメン俳優とは思えぬ変身を果たし、凄まじいまでの怪演を見せている。

フリッツと一時同棲する老娼婦ゲルダ役には、ウルリヒ・ザイドル監督の「パラダイス 愛」(14)で絶賛されたマルガレーテ・ティーゼル。本作でもドイツ映画賞にノミネートされるなど、高い評価を得ている。

また、“ゴールデン・グローブ”の客の一人として、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督作品の常連だったハーク・ボームが出演して、相変わらずの存在感を示している。

アキン監督が語っているように、これらの俳優たちによる迫真の演技が、本作のぞっとするようなリアリティの源泉だ。フリッツと娼婦たちとの性交渉、暴力、殺害。“ゴールデン・グローブ”に屯(たむろ)する男たちの野卑な会話……。

そこに浮かび上がるのは、70年代西ドイツを覆っていた戦争の傷跡、移民問題、格差社会、そして孤独と不安だ。

かつてファスビンダーが鮮やかに切り取って見せた70年代西ドイツのリアルな現実。いま、後継者たるアキン監督が、ファスビンダーとは一味違うテイストを加え、あの時代を新たな光で照らし出すことに成功した。決して、おどろおどろしいホラー映画ではないのだ。

『屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ』(2019、ドイツ)

監督:ファティ・アキン
出演:ヨナス・ダスラー、マルガレーテ・ティーゼル、ハーク・ボーム

2020年2月14日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館他全国ロードショー。

公式サイト:http://www.bitters.co.jp/yaneura/

コピーライト:©2019 bombero international GmbH&Co. KG/Pathé Films S.A.S./Warner Bros.Entertainment GmbH

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