外国映画

映画レビュー「聖地には蜘蛛が巣を張る」

2023年4月13日
イランの聖地マシュハドで続発する娼婦殺人事件。「街を浄化する」と宣言する犯人に、女性ジャーナリストが闘いを挑む。

イスラム社会に巣食う狂気

イランの聖地マシュハド。娼婦が惨殺される事件が続発する。犯人自身の通報により、事件は直ちに報道され、街の人々を震撼させていた。

だが一方、その犯行を英雄視する人々も少なくなかった。穢(けが)れた商売に身をやつし、麻薬中毒に陥った娼婦。彼女たちを駆除することは、一部のイスラム教信者にとって、まさに犯人が宣言しているように「街を浄化すること」に他ならないからだ。

被害者よりも加害者の肩を持つ民衆。そんな世間の空気に呼応するかのように、警察の捜査もどこか及び腰だ。おかげで殺人鬼は正体を隠したまま次々と犯行を重ねていく。

そこに登場するのが女性ジャーナリストのラヒミである。首都のテヘランからやってきたラヒミは、地元の記者と協力しながら事件を追う。

映画は、危険なエリアに踏み込み、犯人の手がかりを探すラヒミの姿を描きながら、並行して、残虐な殺人を繰り返していく犯人の姿にスポットを当てる。

犯人の正体は早々に明かされる。イラン・イラク戦争の復員兵であり、今は建築業者として妻と子供二人を養うサイードという男。

激戦を闘ったが殉教者となれなかったことを悔やみ、その埋め合わせをするかのように娼婦を殺し続けていた。サイードにとって娼婦殺しは、聖なるアッラーから与えられたミッションとも言えるだろう。

殺害シーンの描写は、直視し難いほどの残酷さだ。犯人像も動機も異なるが、同じく娼婦殺人を描いたファティ・アキン監督の「屋根裏の殺人鬼フリッツ・ホンカ」(2019)を彷彿させる。激しい抵抗を受けても、強靭な意志で必ず息の根を止める、冷酷かつ執拗な性格。

犯行場所は家族が留守中の自宅だ。バイクで街を流し、標的をピックアップし、自宅に招き入れ、絞殺する。殺害した娼婦は布で包み、バイクで遠くまで棄てに行く。

だが、ある日、遺体を処理する前に妻が帰宅してしまう。何も知らない妻とセックスするサイードの目から、カーペットからはみ出た娼婦の足が覗き見える。殺人と性愛の並置。何というコントラスト。恐ろしいシーンだ。

やがてサイードを犯人と確信したラヒミは、自ら囮となって接近し、危うく殺されかけながらも、証拠を握り、逮捕につなげる。だが、物語はここで終わらない。

極刑を宣告された後のサイードの行動、そして、サイードの判決を待つ息子がカメラに向かって見せるパフォーマンスのおぞましさに、言葉を失う。イスラム社会に巣食う狂気に斬り込んだ、衝撃のクライム・サスペンス。

映画レビュー「聖地には蜘蛛が巣を張る」

聖地には蜘蛛が巣を張る

2022、デンマーク/ドイツ/スウェーデン/フランス

監督:アリ・アッバシ

出演:メフディ・バジェスタニ、ザーラ・アミール・エブラヒミ 

公開情報: 2023年4月14日 金曜日 より、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、TOHOシネマズ シャンテ他 全国ロードショー

公式サイト:https://gaga.ne.jp/seichikumo/

コピーライト:© Profile Pictures / One Two Films

配給:ギャガ

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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