インタビュー・会見日本映画

「ぼんとリンちゃん」小林啓一監督 単独インタビュー

2019年11月19日
妄想の世界に生きるヒロインが、現実の壁に跳ね返されながらも、正義を信じ奮闘する。「自分の中にないものへ踏み出す勇気を」

自分の中にないものへ一歩踏み出す

※新作「殺さない彼と死なない彼女」が公開中の小林啓一監督による長編第二作「ぼんとリンちゃん」(2014)公開時に書いたインタビュー記事を、一部加筆した上で掲載します。

とある地方都市に住む大学生の四谷夏子(通称:ぼん)。幼なじみで浪人生の友田麟太郎(通称:リン)。アニメ、ゲーム、BLが大好きなオタク同士の二人は、同棲相手にDV(ドメスティック・バイオレンス)を受けている親友・斎藤みゆ(通称:肉便器)を救いに東京へ。ネットゲームで知り合った中年オタクの会田直人(通称:べび)を助っ人に従え、みゆの彼氏である蟹江田敬三の自宅に踏み込むが――。

妄想の世界に情熱を燃やすヒロイン“ぼんちゃん”が、厳しい現実の壁に跳ね返されながらも、正義を信じ奮闘する姿をコミカルに描いた「ぼんとリンちゃん」。小林啓一監督は、「自分の中にないものへ一歩踏み出す勇気は、何歳になっても必要だ」と語った。

オタクへの願望をぼんちゃんのキャラに込めた

――オンラインゲームでオタクと知り合ったのがきっかけで、本作を着想したとか。

ゲームで知り合ったオタクとその仲間たちに会って、オタク観がひっくり返った。彼らに会う前まで、映画やドラマによく出てくるような、暗くてシャイなオタクを想像していた。

しかし、現れたのは小綺麗で爽やかな若者たち。コミックやアニメに熱い情熱を注ぐ彼らの生き方に、とても刺激を受けた。将来やりたい仕事とは別に、「一生これと付き合っていくんだ」という覚悟も感じられ、興味をひかれた。

――そんなオタクが、慣れ親しんだ自分たちの世界を飛び出し、厳しい現実の世界に足を踏み込む。

そう。でも、それはオタクに限ったことではない。たとえばサラリーマンにしても、自分の職務や会社のルールの中でしか動いていない。会社から1歩外に出ると、勝手がわからず、途方に暮れる人も多いと思う。

だから、オタクが主人公だからと言って、決して他人事として見ないでほしい。自分の中にないものへ一歩踏み出すには、ちょっとした勇気が必要だ。そして、その勇気は何歳になっても持ち続けなければいけないと思う。

――前作「ももいろそらを」同様、ヒロインのキャラクターが魅力的。特定のモデルはいたのですか。

実在のオタクを参考にはしたが、特定のモデルはいない。なるべくオリジナルなキャラを作りたかった。

今のオタクの傾向として、彼らは知識の幅は広いが、深く掘り下げようとしない。コミックやアニメは大量に生産されているので、追いかけるだけで精一杯なのは分かるが、ちょっと物足りないのも事実。

そこで、ヒロインの“ぼんちゃん”は、コミックやアニメのルーツを探っていくことにも貪欲な女の子に設定した。オタクはこうあってほしいという願望を、ぼんちゃんのキャラに込めた。

過激なことを言っても現実感は希薄

――ぼんちゃん役の佐倉絵麻、リンちゃん役の高杉真宙。ともに初主演です。キャスティングの決め手は。

ぼんちゃん役は、耳にピアスの穴を開けていないことが条件だった。そして身長が高いこと。

この2点を満たす子はいないかと考えていて、ふと頭に浮かんだのが、ミュージックビデオなどを見て前々から注目していた佐倉さんだった。会ってみると、ちょっと垢抜けない感じが、アイドルっぽくなくて新鮮な印象。早口でぼそぼそとした喋り方も気に入った。「よし、彼女ならやれる!」と。

リンちゃん役は、可愛いけれど、性的なものを匂わせてはいけない。そんな子を探していたところ、たまたま真宙くんの存在を知った。会ったとたん意気投合して、彼に決めた。

――セリフが多く、しかもほぼ全シーン長回し。リハーサルにかなり時間をかけたのでは。

2、3カ月、ほぼ毎日リハーサルをした。膨大な量のセリフを、初めは棒読みでよどみなく言えるようにし、それから、手の動きとか所作を付けていった。息を吐くように自然にセリフを言えるようになるまで、何度も何度もリハーサルを重ねた。

――べび役の桃月庵白酒は、喋りのプロである落語家だし、お手のものだったのでは。

逆に、難しかったらしい。本業の落語では、柱を何本も立てて、そこを通過していく感じで喋っていく。その行間というのは、そのときそのときによって変わってくる。言い忘れたことは、後から付け足すこともできる。だから、セリフをまんま喋るのは苦手なのだと言っていた。

――ぼんちゃんはBL好きな腐女子で、「アナル」とか「肉棒」とか、過激な言葉をポンポン口に出す。しかし、不思議にいやらしさを感じません。

腐女子はオタクの中でも特に濃い人たち。過激なことを言うけれど、現実感が希薄なので、いやらしさがない。昔、女子プロレスラーは処女が多いと聞いたことがある。処女だからこそ、恥ずかしげもなく大胆な姿をさらすことができるのだと。腐女子にもそれに近いものがあるのかもしれない。

現状に甘んじないで可能性を切り開いて

――全編、長回しに次ぐ長回し。しかし、退屈することがない。たとえば、みゆ(肉便器)の住んでいたアパートに突撃するシーンでは、画面に映し出される室内の様子が、同棲相手のキャラクターやライフスタイルを雄弁に物語っていて、思わず画面に見入ってしまいました。

部屋の中に情報がたくさん詰まっているので、じっくり見てもらいたいという狙いはあった。それからもう一つ、自分がまるで登場人物たちと一緒にその場にいるような感覚を味わってほしいという意図もあった。

あの部屋に漂う居心地の悪さ、嫌な雰囲気と時間を彼らと共有してもらいたい。そのため、あえてちょっと尺を長くしている。

――クライマックスは、ラブホテルで“ぼんちゃん”が“みゆ”と激しいバトルを戦わせるシーン。このシーンもすごく長いですね。

ぼんちゃんという子は、知識はあるが経験はない。みゆは、経験はあるけど、意識が追いついていない。

大人になることを拒絶しているようなぼんちゃんと、早々と大人になってしまったみゆ。対照的な二人を対立させる形で脚本を書き始めた。

どちらの言い分にも正しさがある。両方を応援するような感じで書いたら、どんどん長くなっていった。

――どちらも否定していない。

そう。二人とも頑張ってほしいなと。みゆのようなタイプは、経験という殻で自分を閉じ込めてしまっていることに気づいていない子が多い。でも、その殻から1歩踏み出し、違った空気に触れれば、他人にもっとやさしくできるかもしれない。

一方、ぼんちゃんのような子は、経験がないという部分ではねつけられてしまい、自己主張できなくなったり、挑戦をためらったりしがちだ。そんな子には、もっと勇気を持って無軌道に行動してほしい。現状に甘んじないで、自分の可能性を切り開いてほしい。そんな思いを込めて、この映画を作った。

――観客へのメッセージを。

オタク文化に抵抗がある人、苦手な人はいると思うが、この映画はオタクの世界を描いているわけではない。偏見なく見てもらえば、オタクの人たちも自分たちと変わらないと思ってもらえるはず。映画を見た後、ものの見方が少しでも変わったなと思ってくれたら、うれしい。

ぼんとリンちゃん

2014、日本

監督:小林啓一

出演:佐倉絵麻、高杉真宙、比嘉梨乃、まつ乃家栄太朗、桃月庵白酒

コピーライト:© ぼんとリンちゃん

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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