もし男性に生まれていたら
今から半世紀前、一人の女性がアメリカとフランスで活躍する女優たちにインタビューを行い、一本のドキュメンタリー映画に仕上げた。その女性とは、デルフィーヌ・セリッグ。
アラン・レネ監督の「去年マリエンバートで」(1961)で劇的なデビューを飾り、その後も同監督の「ミュリエル」(1963)やフランソワ・トリュフォー監督の「夜霧の恋人たち」(1968)など、映画史に輝く数々の傑作に出演し続けた伝説的女優だ。

映画の企画を立ち上げる前、セリッグは今や映画史上のベスト1と高評価される「ジャンヌ・ディエルマン、ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地」(1975)に出演。25歳のシャンタル・アケルマン監督がこの野心作を完成させたことに刺激されたセリッグが、“映画とジェンダー差別”をテーマに自ら監督として制作したのが、本作「美しく、黙りなさい」だった。

登場するのは、大御所のシャーリー・マクレーンをはじめ、大女優として揺るぎない地位を固めつつあったジェーン・フォンダ、「ラストショー」(1971)や「アリスの恋」(1974)で絶賛を浴びたエレン・バースティン、ジャック・リヴェット監督「セリーヌとジュリーは舟でゆく」(1974)で存在感を放ったジュリエット・ベルト、ゴダール監督「中国女」(1967)のアンヌ・ヴィアゼムスキー、「ラストタンゴ・イン・パリ」(1972)のマリア・シュナイダー、ゴシック・ホラー「血塗られた墓標」(1960)のバーバラ・スティール、この後「結婚しない女」(1978)で一世を風靡するジル・クレイバーグなど、有名無名の女優23人。

ウーマン・リブの追い風が吹いていたとは言え、男性優位の映画界において女優がジェンダーについて語ることにはリスクがあった時代。オファーしたが出演を拒否した有名女優も何人かいるそうだ。
その中で出演した女優たちの勇気と覚悟にまず敬意を表したい。しかし、出演者の顔ぶれを見ると、反戦活動家として知られるフォンダ、いかにも反抗的なベルト、シュナイダーなど、なかなかの強者揃いである。果たして彼女たちは、何を語ったのか。

セリッグが投げかけた第一の質問。もし女性ではなく男性に生まれていたら、俳優という職業を選んでいた?
これに対しては、ほとんどの女優が否定的に答えているのが少々意外だった。一般人には手の届かない憧れの職業を、彼女たちは「他になかったから」といわば消去法で選んだというのだ。「男性だったらもっと広い選択肢があったと思う」(ミリー・パーキンス)。「男だったら荷物を背負って旅に出たはず」(ジュリエット・ベルト)。

本当は女優なんかやりたくなかった。実際、彼女たちは華やかに見える女優の仕事でさんざん辛酸を嘗めてきたようなのだ。「いきなりメイクされ、金髪にされ、胸にパッドを入れさせられた。それで10年過ごした」(ジェーン・フォンダ)。「身長が高かったので、西部劇の仕事しかこなかった」(ルイーズ・フレッチャー)。

「ラスト・タンゴ」で大ブレイクしたマリア・シュナイダーの言葉は痛烈だ。「準備と言われて現場に行ったらいきなり本番」。「ベルナルド(ベルトルッチ)はマーロン(ブランド)と二人だけで映画を作っていた」。
映画「タンゴの後で」にも描かれたように、同作の成功の裏には、現代では考えられないような女性蔑視があり、それはシュナイダーの人生を狂わすほどだった。「(来る役は)統合失調症、狂った女、レズビアン、人殺し。「『セリーヌとジュリー』みたいな映画に出てみたい」。そんなシュナイダーの切なる願望はついに叶わなかった。

アンヌ・ヴィアゼムスキーも辛辣だ。「あの役は君そのものだって言われた。完成した映画を見たけど、こんなの『中国女』じゃない」。この時期、ゴダールとの関係は破綻していたとは言え、歯に衣着せぬ物言いはほとんど痛快ですらある。

さらに容赦ないのがバーバラ・スティール。「やりたくない映画をたくさんやった。大嫌いなのは若い頃にやったホラー映画。あれは私じゃない」。何をか言わんや。マリオ・バーヴァの「血ぬられた墓標」(1960)を全否定しているではないか。

作品や演技が評価されることと、女優の満足感や自尊心とは全くの別物なのだ。何も考えずに「最高だ」「素晴らしい」と持ち上げてきたあの作品、この作品。もう一度、新たな視点で見直してみる必要がありそうだ。

第二の質問。他の女優と友好的な場面を演じたことはある?
これも、ほぼ全員がノー。「『セリーヌとジュリー』だけ。それ以外で女同士の友情を演じたことはない。リヴェット(監督)は女性的感性を持っていて、即興も自由にやらせてくれた」(ジュリエット・ベルト)。シュナイダーにも熱視線を送られたジャック・リヴェット。リヴェット作品だけは例外なのか。
男性の友情を描く映画は多いのに、なぜ女性の友情は描かれないのか。「そもそも女性が複数キャスティングされることが少ない」。「女は女であることを競うライバル同士。だから友情はあり得ない」。

そんな声が出る中、ジェーン・フォンダは「(『ジュリア』で)女同士の前向きな関係を初めて演じた。それは私を自由にしてくれると感じた」と語る。しかし、監督は二人がレズビアンに見えることを恐れ、接触の回数まで制限したと言う。
これが男性の限界だ。女性が友情を育み、愛し合うことを異常に嫌う。要するに、女性に独立した人格を認めようとしない。女性嫌悪(ミソジニー)、女性蔑視。

セリッグがこの映画で露呈させたかったのは、この男性優位主義の限界と有害性だったろう。
映画の完成から50年経った。映画の最後にエレン・バースティンが宣言したように、女性たちは男性社会の殻を破り、社会に大きな変化を起こし得たと言えるだろうか。
美しく、黙りなさい
1976、フランス
監督・インタビュアー:デルフィーヌ・セリッグ
出演:ジェーン・フォンダ、シャーリー・マクレーン、ジュリエット・ベルト、アンヌ・ヴィアゼムスキー、マリア・シュナイダー、エレン・バースティン、ルイーズ・フレッチャー、バーバラ・スティール、ジル・クレイバーグ他
公開情報:2026年7月24日 金曜日 より、 Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下 他 全国ロードショー
公式サイト:https://moviola.jp/sbett/
コピーライト:©Families Seyrig and Roussopoulos Archive / Centre audiovisuel Simone de Beauvoir
©Sois belle et tais-toi ! / Delphine Seyrig, 1976 / Centre audiovisuel Simone de Beauvoir
配給:ムヴィオラ

