「ヴィオレット・ノジエール」
1930年代初頭のパリ。貧しい労働者の一家がアパルトマンで暮らしている。足の踏み場もないほどの狭い空間での、息のつまるような生活。風呂もシャワーもない。両親のセックスも一部始終ヴィオレットの耳に入ってくる。18歳のヴィオレットにとっては耐え難い環境だ。

家庭では我慢して大人しい娘を装っているヴィオレット。だが、彼女には親の知らないもう一つの顔があった。二人が寝付いた頃を見計らって家を抜け出し、厚化粧をすると、黒い毛皮をまとい、若者の集まるカルチェ・ラタンへと消えていくのだ。

男を引っかけ欲望を満たし、金も得る。少女と娼婦。二重生活を続けるヴィオレットだったが、梅毒の発症、愛人への耽溺といった想定外の出来事が起こり、彼女の精神が揺らぎ始める。
両親との血縁関係、父親による性的虐待といった秘密も明かされていく。そしてある日、ヴィオレッタは恐ろしい罪を犯してしまう――。

デビュー以来、無駄のない簡潔な筋運びを身上としていたシャブロルだが、本作では現在のシーンと回想シーンを唐突に入れ替える構成をとっており、やや複雑な印象を与える。回想シーンも“いかにも”の粗いファンタジー仕立てで、いつものシャブロル映画と異なる感触だ。

ヴィオレッタ役にイザベル・ユペールという個性的な有望株、シャブロル監督の妻で長くミューズとして君臨してきたステファーヌ・オードランを母親役として脇に据えたこともあり、賛否はあろうがシャブロの新境地を開く作品となったことは確かだ。

ラストでは、本作のベースとなった実話を重ねながら、判決の不当性とその背後にある女性差別が告発される。このような社会的メッセージを前面に打ち出した締め方も、シャブロル作品としては異色だろう。
イザベル・ユペールの演技が光る作品だが、ヴィオレットと同房となる女囚役で登場するベルナデット・ラフォンもさすがの存在感を放っていて、この二人の高密度な2ショットも見ものである。日本初公開。
「ベティ」
“穴”という名のバーで酔いつぶれた若い女性ベティ。常連客の中年女性ロールはベティを宿泊するホテルに連れて行き、しばらく面倒を見ることになる。未亡人で金も時間もあり余っているブルジョワのロール。破天荒な年下の女に好奇心をかき立てられたのだろうか。

年上の女が若い女を拾うという設定は、同じシャブロル監督の「女鹿」(1958)と共通。ただし、本作にレズビアンの要素はない。

ベティは裕福な男の妻で小さな娘も二人いたが、義母と夫を中心とする封建的な家風に馴染めず、密かに浮気を重ねていた。だが、浮気の現場を夫や義母に目撃され、家を追い出される羽目に。

夜中に家を飛び出したベティがバーで知り合った男に連れてこられたのが“穴”だった。実を言えば、ベティの奔放な男性関係は結婚前からのことで、深酒とセックスはベティの人生そのものとも言える。ベティはそうした自分の過去を回想し、ロールに告白していく。

ベティの過去と現在がストーリーの中心を成しているので、途中まではロールの影が薄い。ほぼ話の聞き役でしかなかったロールが再び存在を主張し始めるのは、終盤近く、“穴”のオーナーでロールの恋人マリオがベティに接近してくるあたりからだ。

ここでベティとロールとの関係は崩れ、一気呵成に決着がつく。シャブロルの切れ味鋭い演出が冴える鮮やかなエンディング。最後のシャブロル作品出演となったステファーヌ・オードランの堂々たる幕引きぶりもいい。日本初公開。
「沈黙の女」
四人家族のブルジョワ一家にソフィーという家政婦が雇われる。料理や掃除など家事全般をそつなくこなす有能なメイドだ。ジョルジュとカトリーヌ夫妻ら一家は彼女を受け入れた。

だが、彼女には常人とは異なる特徴があった。その特徴をソフィーは恥じており、ひた隠しにしている。秘密が発覚しそうなると、彼女は動揺しながらも必死で弥縫策を講じ、危機を逃れるのだった。
書斎を嫌い、空き時間はひたすらテレビばかり見ているソフィー。観客は次第に彼女の秘密が何なのかに気付くだろう。そして、彼女が歩んできた過酷な人生を想像するかもしれない。

そんなソフィーが心を許せる唯一の人間が、郵便局員のジャンヌだ。ジョルジュは自分当ての郵便物を勝手に開封したジャンヌを嫌っており、ジャンヌもブルジョワの一家を快く思っていない。ソフィーは一家とは対照的に気取りのない陽気なジャンヌに好意を感じ、ともに過ごす時間に喜びを覚えるようになる。

やがて二人はともに家族殺害の容疑で新聞沙汰になったという共通の過去を知るに及び、その友情はあすます固いものとなっていく。そして、二人は恐るべき行動に出る。

一家四人がテレビでモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」を視聴している。そこに現れるソフィーとジャンヌ。繰り広げられる惨劇。事後処理も抜かりなく、完全犯罪成立かと思われたが、二つの罠が待っていた――。

ソフィー役にサンドリーヌ・ボネール、ジャンヌ役にイザベル・ユペール。とにかくこの二人の演技が凄まじい。ともに役への没入ぶりが尋常ではなく、役を演じるというより、役に憑りつかれているようだ。あそこまでの演技を要求し、名演を引き出したシャブロルも凄い。文句なしの傑作。
ヴィオレット・ノジエール
1978、フランス/カナダ
監督:クロード・シャブロル
出演:イザベル・ユペール、ステファーヌ・オードラン、ジャン・カルメ、リサ・ラングロワ
コピーライト: © 1977 – Filmel Production / Edition René Chateau.
ベティ
1992、フランス
監督:クロード・シャブロル
出演:マリー・トランティニャン、ステファーヌ・オードラン、ジャン・フランソワ=ガロー
コピーライト:©︎MK2
沈黙の女
1995、フランス/ドイツ
監督:クロード・シャブロル
出演:イザベル・ユペール、サンドリーヌ・ボネール、ジャクリーン・ビセット、ジャン=ピエール・カッセル
コピーライト:©︎MK2
公開情報:2026年8月28日 金曜日 より、YEBISU GARDEN CINEMA、シネマリス、Morc阿佐ヶ谷他全国ロードショー
公式サイト: https://claudechabrol2026.jp/
配給:コピアポア・フィルム

