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シャンタル・アケルマン映画祭

2022年4月28日
ゴダールの「気狂いピエロ」を見て映画を志し、18歳でデビュー。70年代の映画界に衝撃を与えた女性監督の代表作を初公開。

「私、あなた、彼、彼女」

ベルギーの映画作家シャンタル・アケルマンの代表作5本が、デジタルリマスター版で日本初公開される。いずれもアケルマンを語る上で欠かせない重要作だが、ここでは、その中でもアケルマンの才能を映画界に知らしめた初期の傑作2本を紹介する。

「私、あなた、彼、彼女」は、68年に監督デビューしたアケルマンがニューヨークで短編やドキュメンタリーを撮った後、母国ベルギーに帰国して手がけた作品だ。

開巻とともにカメラがとらえるのは、ひとり自室で時を過ごす若い女性である。彼女は、何度も何度も家具の位置を変え直し、落ち着いたと思ったら、今度は床に座って砂糖をスプーンで食べ始める。

その後、“自分の気持ちを説明する手紙”を何枚も書き、それを床に並べる。やがて服を脱いで裸になる。モノクロ画面の効果もあって、プライベートフィルムのような感触だ。

誰宛ての手紙なのか、なぜ裸になったのかについて、説明はない。彼女自身のナレーションによると、1カ月以上も外出していないようだ。精神を病んだ女性が誰とも接触せず引きこもっているのか?

ここで映画は場面転換し、その仮定が誤りだったことが分かる。女性はおもむろに自宅を出ると、ハイウェイでトラックを拾うのである。その意外な社交性にちょっと驚く。

彼女は男性ドライバーとレストランやバーで飲食。トラックで走行中、求められるまま、手で男の股間を刺激する。ロードムービー仕立てであり、映し出されるバーやジュークボックス、二人の距離感など、ヴェンダースの「都会のアリス」(74)を彷彿させる。

トラックを下りた少女はあるアパートの部屋に入って行く。そこには少女よりは年上の女性が住んでいる。少女は女性にサンドイッチを作ってもらい、空腹を満たす。親しい友人なのか? と思う間もなく、映画は予想もしない展開を見せ、見る者を驚愕させる。

ヒロインの印象が二度変わる。描写に徹し、説明しないから、唐突に見えるが、人間は誰でも多面性を持ち、一言で定義できない存在である以上、これは一人の女性のリアルな肖像を描いた映画に違いない。

ヒロインを演じているのはシャンタル・アケルマン自身。当時24歳だったアケルマンの素顔か、演技なのか分からないが、最後の衝撃的なシークエンスを自作自演するだけでも、尋常ではない。序破急の3段構成も鮮やかである。

「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地」

「ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地」は、アケルマンが「私、あなた、彼、彼女」に続いて撮った作品である。息子と二人暮らしの主婦ジャンヌが主人公だ。

見たところ、ごく普通の上品な主婦。その印象はいきなり裏切られる。呼び鈴が鳴り、男が入ってくる。何と、ジャンヌは家事の合間に男を招き入れ売春しているのだ。

だが、それは一日に一人だけ。家計の大部分を支えているに違いないそのビジネスアワーを除いては、食事の支度、編み物、靴磨き、買い物など、終日家事に勤しんでいる。

家にテレビはなく、あるのはラジオだけ。それさえも付けずに、黙々と家事をこなす。こまめな消灯と点灯によって、室内が明暗を繰り返すのが印象的だ。

楽しそうではない。かと言って、辛そうにも見えない。それが自分に与えられた任務であるかのように、一糸乱れぬ手順で、日々同じ作業を繰り返す。すべてがルーティーン化されているのである。

ルーティーンという意味では、売春も同じである。顧客を迎え、コートとマフラーを預かり、奥の寝室へ。事が終わると、料金を受け取り、居間のテーブルに置かれた陶器製の壺に入れる。

臭(にお)いを逃がすためか居間の窓を開け、ベッドの上の使用済みタオルをごみ箱に捨てる。バスタブに身体を沈め、お湯で入念に洗う。

ルーティンワークの正確さゆえに、観客は思うだろう。いつかエラーするはずだ。そして予感するだろう。彼女はきっと破滅するに違いないと。

上映時間200分。セリフは少なく、ほとんどジャンヌの定型化された行動のみで構成された作品だ。なのに目が離せない。

それは彼女のエラーの瞬間を見逃してはならぬという緊張感もあるだろうが、ワンカット、ワンアクションたりとも、無駄な映像がないからでもあろう。

「私、あなた、彼、彼女」同様に、説明を省き描写に徹した本作は、同情や批判など分析的視点を排し、ひたすらジャンヌの行動をのみ追う。そのハードボイルドなまでの簡潔さは、ヘミングウェイの短編小説を思わせる。

中盤、その瞬間はやってくる。些細なエラーだ。だが、いったん外れた軌道は元には戻らず、しだいにジャンヌの日常は壊れていく。無駄な作業、逸脱した行動。そして、ついに破滅の時が訪れる。

アラン・レネやルイス・ブニュエルなど名匠に愛されたデルフィーヌ・セイリグが、静かな迫力をもって狂気を表現。「こわれゆく女」(74)のジーナ・ローランズとは違った怖さを生み出している。

一度だけ描写される客とのセックス場面で見せるリアルな演技も凄かった。大女優の貫禄である。

また、ジャンヌの客の一人として、監督や批評家としても有名なジャック・ドニオル=ヴァルクローズが出演しているので、見逃さないでほしい。

シャンタル・アケルマン映画祭

シャンタル・アケルマン映画祭

公開情報:2022年4月29日 金曜日から5月5日 木曜日まで、ヒューマントラストシネマ渋谷で開催

上映作品

『私、あなた、彼、彼女』(1974)

『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』(1975)

『アンナの出会い』(1978)

『囚われの女』(2000)

『オルメイヤーの阿房宮』(2011)

公式サイト:https://chantalakerman2022.jp/

コピーライト:© Chantal Akerman Foundation

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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