過疎化が進む岡山県の港町。年老いて一人で暮らす人々の魅力的な素顔を、美しいモノクロ映像で描き出す。

過疎化の町に生きる老人たちを描く

タイトルの「港町」とは、岡山県の牛窓。想田和弘監督の前作「牡蠣工場」(2015)の舞台となった町だ。

「牡蠣工場」で使用する挿入カットを撮ろうと、牛窓の町を歩いていたところ、「ワイちゃん」と呼ばれる老漁師と出会った。

ワイちゃんに漁の話などを聞いていると、やがてワイちゃんと想田監督の間を取り持ってくれた「クミさん」という、やはり高齢の女性が、自らカメラの前に出てきて話し始めた。

想田監督は、予想外の展開に逆らうことなく、カメラを回し続けた。撮りためられていく映像は、「牡蠣工場」とは全く異なる独自の世界を構築していった――。

「港町」が作られた経緯は、このようなものであったらしい。いわばオマケとして生まれた映画なのだが、作品の出来栄えは、むしろ本作が上かもしれない。

ドキュメンタリーは、そこに登場する人物の個性や人間性がどれだけ引き出せるかの勝負だが、本作は「選挙」(2007)や「精神」(2008)といった過去の傑作に匹敵するくらい、登場人物が強烈で魅力的だ。

まさか現地で「誰か面白い人物を紹介してくれないか」と尋ねたわけではあるまい。それにしても、ワイちゃんとクミさん、なかなかの個性派である。

「どこから来た?」「アメリカから」
「日本語分かるの?」「日本人ですよ」
という、ワイちゃんと柏木規与子(想田監督の妻)らしき人物とのやり取りは実に可笑しい。

一方のクミさんは、とにかくお喋りで、お節介で、遠慮がない。「この人、娘さんと一緒におるんだけど、仲が悪いんよ」。訊いてもいないのに、知人の家庭の事情を暴露する。

「(ワイちゃんとは)仲がよさそうですね」という想田監督の問いかけに対しては、あっさり「嫌いじゃ」の一言。

一見すると、礼儀知らずの意地悪ばあさん。しかし、そんな単純な人物ではないようにも思える。

この二人以外にも、ワイちゃんら漁師の獲った魚を市場で競り買いし、軽トラックで町内の高齢者たちに届けて回る女性、都会から移住してきた猫好きの若いカップルなど、さまざまな人物が登場。彼らの言葉を通して、さびれた港町の過去、現在、未来が浮かび上がってくる。

さて、圧巻は、終盤になされるクミさんの驚くべき告白だ。その瞬間、それまでの彼女のふるまい、発言の印象が一変する。やはり、単なるお喋りなおばあさんではなかった。

カメラを回していた想田監督の驚き、戸惑いが、こちらにも伝わってくる。誰もが予想だにしなかった急転回。緻密に設計されたフィクションでもあるかのような、しかし、紛れもない事実。

 

衝撃を受け、茫然としていると、やがてラスト、モノクロの映像に色が付く。突如として現実に引き戻されたような感覚に襲われる。まるで、この映画が夢であったかのように。

『港町』(2018、日本・米国)

監督:想田和弘

2018年4月7日(土)より、シアター・イメージフォーラム他全国ロードショー。

公式サイト:http://minatomachi-film.com/

コピーライト:C)Laboratory X, Inc.

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