アスベスト被害を訴える石綿村の人々と、責任を認めようとしない国との、8年間にわたる闘いを追ったドキュメンタリー。

人の命より経済発展が大事だった

アスベスト被害を訴える石綿村の人々と、責任を認めようとしない国との、8年間にわたる闘いを追ったドキュメンタリー。

「ゆきゆきて、神軍」(87)、「全身小説家」(94)など、もっぱら特異な人物の破天荒な生き方を描いてきた原一男監督が、初めて一般の民衆にカメラを向けた“社会派ドキュメンタリー”だ。

明治時代末期から、石綿紡績業の一大集積地として栄えた大阪府・泉南(せんなん)地域。小規模な石綿工場が密集したエリアは“石綿村(いしわたむら)”と呼ばれ、戦前は軍需産業、戦後は高度経済成長期の基幹産業を支え続けた。

労働者の多くは、植民地時代に職を求め渡ってきた在日朝鮮人や、地方からの出稼ぎ者。誰にでもできる単純労働ゆえ、労働条件や労働環境が劣悪でも、人は集まった。

60年代に入ると、石綿=アスベストの粉塵によって健康被害が起きるとの認識が広がる。

深刻な被害状況は国側も把握していた。にもかかわらず、国は対策を怠り、被害を野放しにした。人命よりも経済発展を重視したのだ。

段階的な規制を経て、アスベストの使用および製造が禁止されるのは、2004年。泉南最後の石綿工場が閉鎖されるのは2005年11月である。

その間、アスベストを吸い込んだ多くの人々が、肺がんや中皮腫を患い、命を落とした。

2006年5月、石綿工場の元労働者や家族らが、アスベスト被害について国の責任を問う“アスベスト訴訟”を提起。8年簡におよぶ国と石綿村労働者との闘いが幕を開ける。

2陣にわたる訴訟は、最終的に1陣が和解、2陣が勝訴という形で決着する。だが、8年の間に、出演者たちは一人また一人と亡くなっていった。決して晴れやかな勝利ではない。

 

そもそも、原告団は一枚岩ではない。原告団の先頭に立ち、国に怒りをぶつける柚岡一禎。彼とは対照的に、過去のことは蒸し返さず、平穏に暮らしたいと願う者。

両者の間には明白な温度差がある。こういうことは、福島原発訴訟などにも共通する、普遍的構図と言える。

血気にはやる柚岡が「首相官邸に建白書を届ける」というスタンドプレイに走り、集会に参加できなかった件で、弁護士を激昂させる場面は象徴的だ。

 

こんな求心力の乏しい集団の闘いを、ドラマティックに描くなどということは不可能だろう。無理にやれば、嘘になってしまう。

編集で不協和部分をカットし、感動的なエンディングへと導く、予定調和的な作品。原監督がそんなものを作るわけがない。

本作には原告同士の心のすれ違いや、不信感、逡巡など、嘘偽りのない個人の感情が正確に映しとられ、結果的に、単純さ、明快さとはほど遠い作品となっている。

また、深刻なテーマを扱っているにも関わらず、笑いやユーモアにもあふれている。それら、すべてをひっくるめて、これは紛れもなく原一男の映画なのである。

2017年釜山国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞、山形国際ドキュメンタリー映画祭で市民賞、東京フィルメックスで観客賞を受賞。

『ニッポン国VS泉南石綿村』(2017、日本)

監督:原一男

2018年3月10日(土)より、ユーロスペース他全国ロードショー。

公式サイト: http://docudocu.jp/ishiwata/

コピーライト:c疾走プロダクション