外国映画

映画レビュー「天使の分け前」

2021年12月20日
劣悪な環境で生まれ育ったロビー。1人の大人からスコッチウイスキーの世界に導かれ、一気に人生を好転させていく――。

“スコッチ”で人生を大逆転

※「夜空に星のあるように」公開中のケン・ローチ監督作品「天使の分け前」(2012)公開時に書いたレビューを、一部加筆した上で掲載します。

スコットランドといえば、スコッチウイスキー。なのに、この国では、ウイスキーを飲んだことのない若者が多いらしい。ビールなどよりずっと高価なため、労働者階級の貧しい若者には手が出ないようだ。

本作の主人公であるロビーは、劣悪な環境で生まれ育ち、喧嘩ばかりしてきた、無職の若者。むろんウイスキーとは無縁の人生だ。ところが、1人の大人との出会いをきっかけに、スコッチウイスキーの世界に引き込まれる。そして、一気に人生を好転させていく――。

英国の名匠ケン・ローチ監督の新作「天使の分け前」。前作「ルート・アイリッシュ」(2010)の絶望的なトーンから一転、自力で未来を切り開く若者の姿を、明るく爽やかに描いている。

ロビーの人生を変えることになったのは、スコッチウイスキーだ。そのスコッチウイスキーをロビーに教えたのは、ハリーという中年男である。

暴力事件を起こしたロビーは、裁判所から300時間の社会奉仕活動を命じられた。そんなロビーとその作業仲間たちを、現場で監督する係がハリーだった。

ウイスキー愛好家のハリーは、ロビーたちをウイスキーの蒸留所見学に連れ出す。すると、ロビーの眠っていた才能が目を覚ます。試しにやってみたテイスティング(利き酒)で、次々と銘柄を的中させたのだ。

ハリーはロビーにとってウイスキーの指南役だったが、それだけでなく、私生活の面でも力になった。ハリーの励ましを受けながら、ロビーはしだいに自信をつけ、恋人のレオニーと生まれたばかりの息子との生活について、真剣に考えるようになる。

だが、レオニーの父親は、2人の関係を認めようとしない。父親を納得させるには、確固とした経済基盤が必要だ。そこで、ロビーは起死回生の一策を思いつく。

それを実行するには、北ハイランドの蒸留所で開かれるオークションへの参加が条件だ。いったい、ロビーはそこで何をしようというのか? 何を目論んでいるのか?

「天使の分け前」とは、樽の中でウイスキーを熟成中に蒸発して失われていく分のこと。これが答のヒントとなる。

ロビーが3人の作業仲間たちを引き連れ、グラスゴーからオークション会場までヒッチハイクするくだりが楽しい。飲んだくれでちょっと頭の弱いアルバート。“手癖の悪い”女性のモー。のっぽのライノ。スコットランドの民族衣装に身を包んだ個性あふれる4人の珍道中は笑いにあふれ、見る者の心を温かく幸せにしてくれる。

ハッピーエンドのコメディではある。だが、ロビーがレオニーの父親に殴打されるシーン、喧嘩のシーンなど、暴力描写は徹底的にシリアスだ。また、ロビーが、酒に酔って襲い片目を失明させた男とその家族に会い、涙を流すシーンには悲痛さが漂う。

たとえコメディを撮ろうと、暗部の描写に手心を加えることはない。そこがケン・ローチのケン・ローチたるゆえんだろう。

天使の分け前

2012、イギリス/フランス/ベルギー/イタリア

監督:ケン・ローチ

出演:ポール・ブラニガン、ジョン・ヘンショー、ガリー・メイトランド、ウィリアム・ルアン、ジャスミン・リギンズ、ロジャー・アラム

公式サイト:http://tenshi-wakemae.jp/

コピーライト:© Sixteen Films, Why Not Productions, Wild Bunch, Les Films du Fleuve,Urania Pictures, France 2 Cinéma, British Film Institute MMXII

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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