外国映画

映画レビュー「イーダ」

2019年6月30日
修道院育ちの無垢な少女が、酸いも甘いも噛み分けた叔母と出会い、大人の女性へと脱皮。一人前の修道女へと成長していく。

二人の女性に戦中・戦後史を投影

※新作「COLD WAR あの歌、2つの心」が公開中のパヴェウ・パヴリコフスキ監督作品「イーダ」(2013)公開時に書いたレビューを、一部加筆した上で掲載します。
本作はシネ・ヌーヴォX(大阪)で上映中。続いて、京都シネマ、名古屋シネマテークで上映が予定されています。

1962年、ポーランド。見習い尼僧のアンナは、修道院で黙々と修行の日々を過ごしている。戦争孤児として育てられたアンナ。身寄りはいないはずだ。

ところが、ある日、ヴァンダという名の叔母が生存していることを知らされる。「修道女の誓いを立てる前に、会って来なさい」。院長の勧めに従い、アンナはヴァンダを訪ねるが――。

修道院育ちのアンナは、おそらく世俗のことは何も知らない。その無垢な少女が、酸いも甘いも噛み分けた叔母と出会い、世間の空気に触れる中で、大人の女性へと脱皮していくプロセスが、簡潔なモノクロ映像の中に描かれる。

ヴァンダは酒と男に溺れる“やさぐれ女”だ。彼女はアンナが“イーダ”という名のユダヤ人だと告げる。それはアンナが初めて知る事実だ。もちろんヴァンダ自身もユダヤ人であり、現在の荒れた生活は、戦時中の悲惨な体験に由来することは間違いない。

アンナはヴァンダとともに、両親がどんな最期を遂げたかを確かめる旅に出る。道中ピックアップしたサックス奏者の青年は、アンナにとって初めての男となる。

演奏会で青年が奏でるモダンジャズも、ヴァンダの部屋で聴いたクラシック音楽も、アンナにとっては初体験である。そして、両親の最期に関する衝撃的な真相も、彼女が初めて知る事実だった。

修道院という聖域で純粋培養されてきた少女が、自分の出自も含め、一挙に大量の情報を与えられ、世俗の快楽も苦悩も一気に味わわされる。その意味で、本作は見習い尼僧が一人前の修道女へと成長するための、苛烈な通過儀礼を描いた映画と言える。

では、もう一人の人物、ヴァンダについてはどうか。戦時中に息子を惨殺され、戦後は検察官として恐怖政治に加担したヴァンダ。彼女は被害者であると同時に加害者でもある。その矛盾に耐え切れず、ヴァンダは酒色に走り、破滅に向かうのである。

二人の邂逅は、一方に未来をもたらし、他方から未来を奪う。「イーダ」は、2世代の対照的な女性の生き方に、ポーランドの戦中・戦後史を重ねて見せる。

60年代初頭のポーランドを見事に再現させた、白黒スタンダードサイズの映像、そしてアンナ=イーダに扮したアガタ・チュシェブホフスカの美しさが強い印象を残す。

第87回アカデミー賞外国語映画賞受賞作。

『イーダ』(2013、ポーランド・デンマーク)

監督:パヴェウ・パヴリコフスキ
出演:アガタ・チュシェブホフスカ、アガタ・クレシャ、ダヴィド・オグロドニク

公式サイト:http://mermaidfilms.co.jp/ida/

コピーライト:ⓒPhoenix Film Investments and Opus Film

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

この映画をAmazonで観る

この投稿にはコメントがまだありません