「僕」と、佐知子と、静雄。男ふたり、女ひとりの、幸福な日々。だが、ある日、3人の関係に決定的な転機が訪れる。

男ふたりと女ひとり、ひと夏の青春のきらめき

唆(そそのか)したのは、女のほうである。近づいてきた女は、男の体をつつくと、そのまま歩き去る。すると男は、まじないか何かを唱えるように、1から120まで数え始める。

120までに、女は戻って来るか来ないか。男の予感どおり(?)、女は戻って来る。男は女にライターを借り、煙草に火をつける。

「恋なんて簡単」。昔のフランス映画に、確かそんなセリフがあった。

夏の宵。そして、それなりに恋愛慣れしていそうな若い男女。それだけで、恋は始まってしまうものなのだ。

男は、名前が不明な主人公「僕」(柄本佑)。女は、「僕」と同じ職場で働く佐知子(石橋静河)。映画は、このふたりに、男の同居人である静雄(染谷将太)を加えた3人がともに過ごすひと夏を描いていく。

男ふたりと、女ひとり。だが、それは敵対・衝突する三角関係ではない。「僕」は佐知子を束縛せず、静雄と彼女の仲を取り持とうとさえするのだ。それは、静雄に対する「僕」の友情の証しなのかもしれない。

一方、佐知子は恋愛体質の女だ。「僕」にアプローチした時点で、実は職場である書店の店長と関係を持っていた。ただし、「僕」と付き合い始めると、あっさり別れてしまう。過去は引きずらず、いつも前を向いて生きている女である。

「僕」と佐知子と静雄。3人の自由で楽しげな生活が始まる。しかし、ある日、3人の関係に転機が訪れる――。

原作は佐藤泰志の同名小説。映画化にあたっては、70年代の東京郊外から現代の函館に舞台を移しているが、作品全体に漂うムードは70年代風である。

それは、街のレトロな雰囲気、「僕」と静雄が住むアパート、その日暮らしの生き方などのせいかもしれない。

あるいは――。60年代後半に燃え盛り、挫折した反体制運動。その余波から生じた空虚感を、主人公が受け継いでいるためかもしれない。

何事にも執着せず、来るものは拒まず、ひょうひょうと生きているように見える「僕」。だが、それはあくまで見かけにすぎない。

劇中、唐突に噴き出る暴力性は、「僕」という人物の複雑な内面を暗示するとともに、幸福な夏が長続きしないであろうことを予感させる。

「僕」に扮した柄本佑の演技が絶品だ。凡百の青春ドラマでお目にかかるステレオタイプな若者像とは対極の、いつの時代にも必ず存在する若者の典型を、繊細かつ鮮烈に演じ切った。

監督は、「Playback」(12)で注目を浴びた俊英、三宅唱。佐藤泰志の傑作小説を見事に映像化し、心揺さぶる青春映画を生み出した。

『きみの鳥はうたえる』(2018、日本)

監督:三宅唱
出演:柄本佑、石橋静河、染谷将太、足立智充、山本亜依、渡辺真起子、萩原聖人

2018年9月1日(土)より、新宿武蔵野館、渋谷ユーロスペース他全国ロードショー。〈8月25日(土)より、函館シネマアイリス先行ロードショー〉

公式サイト:http://kiminotori.com/

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