ノスタルジックな昭和の風景
1998年4月。京都出張からの帰り、建築デザイナーの中原博史は、東京行きの新幹線ではなく、鳥取県の倉吉へ向かう特急列車に乗ってしまう。倉吉は博史の生まれ故郷だ。しかし、急に故郷が懐かしくなったわけではない。博史は無意識のうちに倉吉を目指していたのだ。

「せっかくだから、母親に会って行こう」。22年前に死んだ母親。苦労ばかりして逝ってしまった。いま自分はその母と同じ48歳になっている。
「あなたは幸せだったのか?」。墓前で母親に話しかける。すると突然、博史は意識を失う。目覚めると、そこは35年前の世界だった。

ガラスに映った姿は紛れもなく中学生。14歳の自分である。町に流れているのは、ザ・ピーナッツのヒット曲「恋のバカンス」。歩いていると中学時代の担任教師に声をかけられる。
「夢を見ているんだ」と自分に言い聞かせる博史。しかし、いつまでたっても夢は覚めない。「もしかすると元の自分に戻れるのでは」と墓地に戻ってみる。駄目だ。やっぱりこれは夢じゃない。「私はタイムスリップしてしまったのだ」。
こうして、14歳に戻った博史の、二度目の思春期が始まる――。

14歳の博史の中には48歳の博史が潜り込んでいる。だから、これから起こることは分かっている。級友がどんな運命を辿るのか、家族にどんな運命が待ち受けているのかを、博史はすでに知っている。タイムスリップならではの、まさに夢のようなシチュエーションである。

博史はこのアドバンテージを存分に発揮し、学業で好成績を収めたり、マドンナ的存在だった女子生徒とデートしたりするのだが、つい調子に乗って親友の家で酒を飲み、大目玉を食らったりもする。

一方、博史には解明しておきたいことがあった。どうして父親は失踪してしまったのか? 仕立て屋として朝から晩まで働き詰めの父に女の影はない。だが、しょっちゅう鳥取に出張するのはなぜか。やがて真相を知った博史は――。

原作は谷口ジローの同名漫画。東京オリンピックの前年にあたる1963年の倉吉を舞台に、少年の姿に戻った主人公が、級友や家族と再会し、過去をもう一度経験することで、人間的に成長し、自らの人生を新たに踏み出していく。

14歳の博史の中に潜む48歳の博史が、ナレーションという形で、その時々の心情や感想を語っていくスタイルなど、全編に原作の味が忠実に再現されているのが素晴らしい。また、博史・48歳を演じた大谷亮平が別格の存在感を放っているほか、博史・14歳の及川桃利、マドンナの磯谷萌々子、そして博史の両親に扮した滝藤賢一、戸田菜穂らキャストの演技も自然で、昭和38年という時代を実際に生きているかのようだ。

そして特筆すべきは、原作を再現したリアルな背景である。本作はその多くが実際に倉吉市で撮影されている。博史の実家のある倉吉魚町をはじめ、倉吉白壁土蔵群などすべてロケ撮影であり、CGやAIは一切使っていない。

大都市ではほぼ消失してしまった昭和30年代の街並みが残っていたからこそ、完璧な形で映画化できたとも言える。偽りのない風景が醸し出すノスタルジーに浸りながら、博史とともにいっときのタイムスリップに興じてみたい。
遥かな町へ
2026、日本
監督:錦織良成
出演:大谷亮平、及川桃利、磯谷萌々子、戸田菜穂、滝藤賢一
公開情報: 2026年10月9日 金曜日 より、YEBISU GARDEN CINEMA、シネスイッチ銀座他 全国ロードショー
公式サイト:https://harukanamachie.jp/
コピーライト:© 2026 映画「遥かな町へ」BARCOS
配給:ムービー・アクト・プロジェクト

