日本映画

映画レビュー「沼影市民プール」

2026年9月4日
たかがプールと言うなかれ。そこには無数の人生がある。そこで出会い、そこで育ち、そこで学んできた。その流れが止まるのだ。

解体までの49日間を追う

沼影市民プール。1971年にオープンし2024年に解体されるまで多くの市民に利用された、埼玉県さいたま市の公共プールである。大人用の50メートルプールのほか、ウォータースライダーや子どもプール、室内プールも備え、ちょっとしたレジャー施設でもあった。愛称は「沼プー」。

解体されたのは、跡地に“義務教育学校”を建設するためだった。計画が発表されたのは2年前の2022年。驚いた市民たちはさいたま市に説明を求めたが、納得できる答えは返ってこなかった。用地は他にいくらでもあるはずなのに……。

子どもをはじめ利用者から存続を求める声が市に届けられた。しかし、市の決定は覆らず、解体の日を迎えることになる。

本作は、最初は解体を拒否した市民が、憤りを覚え、落ち込むが、最終的には決定を受け入れるまでの49日間を追ったドキュメンタリーである。

52年間におよぶ沼プーの歴史には、利用者たちそれぞれの人生が詰まっている。子どもたち、親たち、大人たち。ここで出会い、結ばれた人々。中には泳いだり、遊んだりという本来の目的を逸脱した不逞の輩(やから)もいる。

不審な男性が警察に連行されていく場面が収められていて驚くかもしれないが、このプールには同性愛者のハッテン場という側面もあるらしい。無邪気な子どもの遊び場でもあり、大人の出会いの場でもある。そういった多様な人々が楽しく共存する場所でもあるのだ。

これら市民をウォッチし、生命を守る監視員らスタッフの日々の活動にも焦点が当てられている。仲間や先輩に育てられ人間として成長したスタッフが、最後のミーティングで感謝を述べるくだりは感動的だ。

すぐれたドキュメンタリーは、個性的な人物を決して見逃さないものだが、本作でも、キャラの立った人物がしっかり捉えられていて大いに楽しませてくれる。水上を華麗に滑走する“スライダー兄さん”は、子どもたちの人気者。沼プーのヒーローだ。

プールサイドの階段に腰を下ろすポッチャリ型の中年男性は、さらにポッチャリした年下の男性に接近。母一人子一人の自宅に連れて行くが――。このエピソードはドキュメンタリーではなくフィクション。ドキュメンタリーでは不可能な表現が事実をリアルに伝える。この融通無碍なスタイルは奏功し、ユーモラスかつ心に沁みる物語を生み出した。

沼プーは52年にわたってこのような物語を紡ぎ続けてきた。そして、これからも物語は生み出され続けるはずだったのだ。

残酷な話である。たかがプールと言うなかれ。そこには無数の人生がある。そこで出会い、そこで育ち、そこで学んできた。その流れが止まる。では、次はどこに行けばいいのか。

日本中、世界中に沼影市民プールのような事例は転がっている。誰にとっても他人事ではないだろう。

映画レビュー「沼影市民プール」

沼影市民プール

2025、日本

監督:太田信吾

公開情報: 2026年9月5日 土曜日 より、シアター・イメージフォーラム他 全国ロードショー

公式サイト:https://numakage-film.com

コピーライト:© hydroblast

配給:NAKACHIKA

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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