両親に純粋培養される子供たち
※「ロブスター」(2015)、「哀れなるものたち」(2023)など、発表する作品がことごとく話題となり、各映画祭で高評価を獲得してきたギリシャの鬼才ヨルゴス・ランティモス。その初期代表作「籠の中の乙女」が、4Kレストア版として復活した。本作初公開時に書いたレビューを、一部加筆修正した上で掲載します。
外界から遮断された邸宅に閉じ込められ、両親の完全コントロール下で育った息子と娘たち。学校には行かず、友人もいない。外出もタブーだ。しかし、彼らは不満に思っていない。外の世界は怖いところ、安全なのは家の中だけ。幼いころから両親にそう刷り込まれてきたからだ。
何しろ、敷地内には、広い庭がある。プールもある。何不自由ない裕福な暮らし。もちろん実際は自由ではないのだが、そもそも自由という状態を知らないので、自分たちの不自由さに気づきようがないのだ。
すべては、両親の教育のたまものである。外部から余計な情報が入らないよう、電話やテレビはシャットアウト。外界に関わる単語、グロテスクな単語、猥褻な単語は、全く別の意味に置き換えて覚えさせる。たとえば、ゾンビは“黄色い花”、プッシーは“大きな灯り”の意味。
また、なぜか分からないが「おじいさんの歌を聴こう」といって父親がかけるレコードは、「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」。フランク・シナトラ版のように聞こえるが、エンドクレジットを見るとフレッド・ガードナーとなっている。シナトラそっくりのパフォーマンスで有名な歌手である。
父親は、その歌詞を家族愛の詞に“訳して”子供たちに聞かせる。何よりも家族が大切、という観念を、音楽鑑賞を通して植え付けているわけだ。
一方、外の世界については、徹底的に恐怖感をあおる。こっそり自分で衣服を切り裂き、ワイシャツや顔面を赤いペンキで血染めにして帰宅する父親。一歩でも外に出たら、こんな酷い目に遭うんだぞ、という脅しである。
すべてがこんな調子。こうまでして子供たちを外界から保護しなければならないのはなぜか。理由や背景は一切語られない。ただ、次々に展開するナンセンスなエピソードが、見る者の意表を突き、不条理な笑いを引き起こしていくだけである。
中盤、周到に維持されてきた虚構の世界に、風穴が開く。契機となるのは、年頃になった長男の性欲処理のために父親が雇った女性。彼女は、長女と取引をして、見せてはならないものを見せてしまう。未知の世界の発見。長女は“籠の外”への好奇心をつのらせ、ついにある決心をする――。
両親は子供たちに性の知識を与えていなかった。タブーという観念も教えていなかった。それが裏目に出る。計算が狂い始める。終盤のスリリングな展開には、もはや笑うことができない。
露骨な性描写、残虐描写も含め、グロテスクな世界がシュールなタッチで描かれ、異様な迫力を醸し出している本作。保守的なブルジョア家庭の戯画なのか、独裁国家の風刺なのか。いずれにせよ、その独創的なアイデアと、研ぎ澄まされた映像感覚は、瞠目に値する。
籠の中の乙女 4Kレストア版
2009、ギリシャ
監督:ヨルゴス・ランティモス
出演:クリストス・ステルギオグル、ミシェル・ヴァレイ、アンゲリキ・パプーリァ、アリア・ツォニ、クリストス・パサリス、アナ・カレジドゥ
公開情報: 2025年1月24日 金曜日 より、Bunkamuraル・シネマ 、渋⾕宮下他 全国ロードショー
公式サイト:https://kago-otome.ayapro.ne.jp/
コピーライト:© XXIV All rights reserved
配給:彩プロ