日本映画

映画レビュー「すべての夜を思いだす」

2024年3月1日
郊外のニュータウンに暮らす、世代の異なる三人の女性の一日。それは、多摩丘陵を舞台とした壮大な歴史劇の小さな一コマ。

カメラが生み出す心地よいリズム

多摩ニュータウン。70年代に開発された広大な住宅地。舞台となるのは、初期に開発されたエリアのようだ。5階建て昭和仕様の住宅棟が並ぶ。車道と歩道は分けられ、整然とした街並みが形成されている。

都心の高層マンションとは異なり、樹木が生い茂り、土地も起伏に富んでいる。清潔でゴミ一つ落ちておらず、落書きもない。

こんな住宅地がいまも存在すること自体が奇跡のようだ。ここはユートピアなのかと思うほどである。しかし、実は高齢化が進み、商店街も多くの店がシャッターを閉めている。問題がないわけではない。だが、パッと見には平和で安全な街である。

本作は、この犯罪とも貧困とも縁のなさそうな、あえて言えば浮世離れした街に生きる三人の女性の一日を追った映画だ。

一人目は、その日に誕生日を迎えた一人暮らしの知珠。新品のスニーカーを履き、外出する。転居通知のハガキを頼りに友人を訪ねるつもりなのだ。

失業中なのでハローワークに立ち寄り、バスで移動。菓子屋で手土産を見つくろっていると、元同僚に遭遇し、しばし雑談に花を咲かせた後、目的地を目指して歩き始めるが、なかなか辿り着かない――。

二人目は、ガス検針員の早苗。顔見知りの高齢婦人と話し込んだ後、行方不明の高齢男性を探しながら、担当地域を回る。その男性らしき人物を見つけた早苗は、家まで送り届けようとするのだが――。

三人目は、大学生の夏。その日は親しかった男友だち・大の命日だった。自転車を走らせ大の実家へ挨拶に訪れた後、友人の文と落ち合って一緒に時間を過ごし、大が現像に出していた写真を引き取りにフォトショップへ向かう――。

三人はそれぞれ全く接点を持たない他人同士だ。映画の中では、夏がダンスするのを遠くから見た知珠が踊り出すシーンや、子供が引っかけたバドミントンの羽根を取ろうと木に登った知珠をやはり遠くから早苗が見つめるシーンがあるが、ともにそれ以上の接近はなく、各々の匿名関係は変わらない。

観客はただ移動し続ける三人の姿を、多摩丘陵に開発されたニュータウンの景色とともに眺めるだけだ。ドラマチックな出来事も意表を突く展開もない。それでも飽くことなくスクリーンに見入ってしまうのは、彼女たち登場人物を含めた風景の魅力ゆえに他ならない。ロケーションが素晴らしいのだ。

そして、それを映像へと転換するカメラの視点の確かさ。移動する三人を前方から待ち構えるように捉え、去って行く姿を後方から見届けるように収める。ほぼすべてのシーンでこの撮影スタイルが保たれ、映画を一定のリズムで動かしていく。

リズムに乗った心地よい風景が、観客をスクリーンに釘付けするのである。ところが、後半に差しかかると、画面の空気感がにわかに変わってくる。陽が陰り始め、夜へと向かうプロセスの中、三人の女性たちの心が波立ってくるのだ。

尋ね人の不在。恋人と過ごすはずだった時間の消滅。飼えなかった猫。写真に写っていない男友だち。ビデオテープに収められた数十年前の子供たちの誕生日パーティ。博物館に展示された土偶。

一日の出来事や思いが、時間や記憶というテーマへと収斂していく。観客はそこで気付くかもしれない。これが多摩丘陵を舞台とした壮大な歴史劇の小さな一コマであることを。

映画レビュー「すべての夜を思いだす」

すべての夜を思いだす

2022、日本

監督:清原惟

出演:兵藤公美、大場みなみ、見上愛、内田紅甘、遊屋慎太郎、奥野匡

公開情報: 2024年3月2日 土曜日 より、ユーロスペース他 全国ロードショー

公式サイト:https://subete-no-yoru.com/

コピーライト:© 2022 PFFパートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人PFF

配給:一般社団法人PFF

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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