日本映画

映画レビュー「花腐し」

2023年11月9日
5年も映画を撮っていない監督の挧谷。かつて脚本家を目指していた伊関。偶然出会った二人の男が愛したのは、一人の同じ女だった。

なぜ女は別の男と心中したのか

挧谷(くたに)修一はピンク映画の監督である。女優志望の祥子と暮らしていたが、彼女は挧谷の親友である映画監督の桑山と浮気をした末、心中してしまう。

女優として芽が出なかった祥子。桑山の新作でブレイクを期待したが、実現しなかった。しかし、それが心中の理由とも思えない。

祥子を失い、頭に疑問符を浮かべたまま、無為の日々を過ごす挧谷。5年も仕事がなく、アパートの賃料が払えなくなったので、大家に掛け合うと、一つ条件を提示される。取り壊す予定の古いアパートに男が一人居座っている。この男を追い出せば、家賃を負けてくれるというのだ。

さっそく古アパートを訪ねると、いつものヤクザ系とは毛色の違う挧谷が気に入ったと言って、男は挧谷を部屋に招き入れる。

その男、伊関はかつてシナリオライターを目指していたという。話を聞くと挧谷と同じ制作会社で仕事をしたこともあるとのことで、二人は意気投合する。

そして伊関は、自分が初めて愛した女について語り出す。これに応じて、挧谷も祥子との恋愛について語り出す。こうして二人は一晩中、女の話を語り明かすことになる――。

話はいずれも赤裸々である。出会った経緯、初めてのセックス、妊娠、中絶、喧嘩など、事細かに、女と自分との物語を披露していく。互いに相手の知らない女だから、遠慮することはない。そんな安心感のもとに、洗いざらい喋っていく。

ところが、終盤近く、実は、二人が語っているのは同じ一人の女性だったことに気づくのである。回想シーンに登場する女性はいずれも祥子であって、観客はもちろん最初からそれを承知している。知らぬは挧谷と伊関ばかりなり、というわけだ。

見知らぬ同士の二人の男が、同じ女と付き合っていたという偶然。それを回想物語として展開するのに、これは恰好の状況設定と言える。

時期の異なる祥子の恋愛遍歴を、タイプの異なる二人の男の目から描き出す。その妙味は、このようなシチュエーションからしか生まれないだろう。

モノクロ画面で語り合う二人の男が、カラー画面の中で回想する一人の女の物語。観客はここに彼女の死の理由を探ろうとするかもしれない。

しかし、浮かび上がるのは、祥子という平凡な女性のたどった、いかにもありふれた人生だけだ。いや、祥子だけではない。挧谷も伊関も、驚くほど凡庸なのだ。どこかで聞きかじったような恋愛論、人生観。世に出るには不十分すぎる才能。彼らが夢を叶えられずに挫折するのは、きわめて当然のように思える。

そう、これは、どこにでもいる若者の物語なのだ。だが、であればこそ、この映画は、他人事ならぬ切迫感をもって観客に受容されることだろう。

もちろん時代のせいもある。かつて隆盛を誇ったピンク映画はもはや風前の灯火。才能云々の前にチャンスさえ与えられない。スタッフへのギャラを支払うだけで製作費が消えてしまう世知辛い現実がある。

映画の序盤、桑山の通夜に集まった仕事仲間たちが、業界の苦境を語り合い、ヒートアップし、取っ組み合いの喧嘩をするシーンがある。サトウトシキ、いまおかしんじといった映画監督たちが本人役で出演しており、「青春H」という実在の映画タイトル名も口にされるなど、実に生々しい。そうした実録風の演出にも大いに興味をそそられる。

松浦寿輝の芥川賞受賞作を、「火口のふたり」(2019)の荒井晴彦が脚色し映画化。ピンク映画界を背景に、男女の時間差三角関係を描いた、異端の青春ラブストーリーである。

映画レビュー「花腐し」

花腐し

2023、日本

監督:荒井晴彦

出演:綾野剛、柄本佑、さとうほなみ、吉岡睦雄、川瀬陽太、MINAMO、Nia、マキタスポーツ、山崎ハコ、赤座美代子/奥田瑛二

公開情報: 2023年11月10日 金曜日 より、テアトル新宿他 全国ロードショー

公式サイト:https://hanakutashi.com/

コピーライト:© 2023「花腐し」製作委員会

配給:東映ビデオ

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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