妄想から叙事詩へ
創刊から30年のUFOマガジン「宇宙探索」。ブームはとうに去り、雑誌生命は風前の灯火だ。編集部の暖房は止められ、やがて電気もストップしてしまう。
わずかに残った編集部員も、真面目に働く気などさらさらない様子。そんな中、ひとり編集長のタンだけは、いまだに宇宙人の存在を信じていた。
一方、創刊時から一緒に働く女性部員のチンは、浮世離れしたタンを露骨に馬鹿にしながらも、何とか事業資金を作ろうとスポンサー探しに余念がなかった。
ある日、タンは、中国西部の村で宇宙人が出現したという情報を入手。仲間を引き連れ、宇宙探索の旅へと出る――。
宇宙人の存在を信じて疑わないタンは、まわりが何を言おうがお構いなく我が道を進む、孤高の人だ。狂信者とも言えるが、ロマンティストとも言える。いずれにせよ、周囲からは浮いた存在だ。
一方、チンは典型的なリアリストである。しっかり地に足をつけて、世俗的な視点からタンに悪口を浴びせる。タンをドン・キホーテになぞらえるなら、チンは女性版サンチョ・パンサと言えるかもしれない。
タンの独走、迷走にいちいち毒づくスタイルは、漫才のボケとツッコミを見ているようで大いに笑える。仕事仲間で恋愛感情はないのに、どこか夫婦のような趣も漂う。ヤン・ハオユーとアイ・リーヤーの芝居が絶妙だ。
本作は、全くのフィクションをドキュメンタリー風に撮った作品。いわゆるモキュメンタリー映画だが、その成否は、役者の自然な芝居にかかっている。演じるのではなく、なりきることができるかどうか。
その点、この映画はパーフェクトだ。ヤン、アイ両俳優はもちろん、彼らと旅を共にする気象観測所の職員ナリス、「宇宙探索」の熱烈な女性愛読者シャオシャオ、そして頭に鍋を被った失神少年スン・イートンと、いずれも俳優が呼吸するように演じていて、壮大な虚構に真実味を与えている。
これが初長編だというコン・ダーシャン監督の秀逸な演出力にも舌を巻いた。全編の相当部分はコメディとして描かれているが、そのテクニックの切れ味が尋常ではない。
例えば、前半、タンが古い宇宙服に閉じ込められるシーン。高熱に喘ぐタンを救うため動員されるのが、まず錠前屋、次に救急車、消防隊、そしてクレーン車と、畳みかけるように事態をエスカレートさせていく演出は実に壮観だ。
しかも、映画は単に面白おかしいSFコメディでは終わらない。最初は一人の男の頭に宿った妄想。それが、最後は壮大な叙事詩へと昇華する。主人公の思いが奔流のように溢れ出るエンディングは圧巻である。
宇宙探索編集部
2021、中国
監督:コン・ダーシャン
出演:ヤン・ハオユー、アイ・リーヤー、ワン・イートン、ジャン・チーミン、ション・チェンチェン
公開情報: 2023年10月13日 金曜日 より、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺他 全国ロードショー
公式サイト:https://moviola.jp/uchutansaku/
コピーライト:© G!FILM STUDIO[BEIJING]Co.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED.
配給:ムヴィオラ