外国映画

映画レビュー「イニシェリン島の精霊」

2023年1月26日
ある日、親友だと思っていた男から絶交を告げられる。「俺が何かしたか?」。納得できない男は、必死で関係修復に努めるが――。

狂気あふれる人間ドラマ

昨日まで一緒に酒を飲み、他愛もない話に興じていたのに、ある日突然、相手から絶交を告げられる。喧嘩したわけでもない。不快な思いをさせた覚えもない。

納得がいかない男は、理由を問う。「俺が何かしたか?」。相手は答える。「何もしていない。ただお前が嫌いになったんだ」。

フラれた男の名はパードリック。いかにも人のよい、やさしい男である。一方のフった男はコルム。年配のフィドル(ヴァイオリン)奏者である。

コルムは残りの人生をフィドルの演奏や作曲に費やし、モーツァルトのように人の記憶に残る人物になりたいのだという。その願望を叶えるうえで、コルムと過ごす時間は無駄でしかないというのだ。

それに対し、パードリックは毎日を面白おかしく過ごせればそれでいいと思っている。二人の人生観は真っ向から対立する。

コルムが突如として生き方に目覚めたのか、それとも本心を胸の奥に隠しながらパードリックと付き合ってきたのか。ともあれ、決裂した友情は元には戻らない。

人間関係が一方的に絶たれるということは、恋愛ではよくあることだ。しかし、友情では珍しい。だから、パードリックはコルムを諦められない。

しつこく付きまとうパードリックに、コルムは「俺に話しかけるたびに自分の指を一本ずつ切っていく」と脅しをかけ、本当に実行して見せる。

コルムが切り落とした自分の指をパードリックの家の扉に投げつける場面は、ホラー映画さながら。その後もコルムの行動にはブレーキがかからず、パードリックもまた引き下がるどころか、その執着心を一層強めていく――。

舞台はアイルランドの西岸沖に浮かぶ架空の島。寒々しい海とどんよりと曇った空を背景に、神話的ムードを醸した激越な人間ドラマが繰り広げられる。

時代設定は1923年で、アイルランド内戦の真っただ中である。したがって、パードリックとコルムの対立劇に、アイルランド内戦という寓意を読み取ることも可能だろう。

どちらの言い分にも理がある。ただ、いずれも極端なのだ。両極の二人が互いを説得し、接近し、融和することは可能なのか。妥協はできないのか。ミステリアスなラストカットに、はたして答は見出せるのか。異なる者同士の共存という普遍的テーマに挑んだ野心作。

純真な男・パードリックに扮したコリン・ファレルが絶品の演技を見せ、ヴェネチア国際映画祭で男優賞に輝いた。「スリー・ビルボード」(2017)のマーティン・マクドナー監督作品。

映画レビュー「イニシェリン島の精霊」

イニシェリン島の精霊

2022、イギリス/アメリカ/アイルランド

監督:マーティン・マクドナー

出演:コリン・ファレル、ブレンダン・グリーソン、ケリー・コンドン、バリー・コーガン

公開情報: 2023年1月27日 金曜日 より、TOHO シネマズ シャンテ他 全国ロードショー

公式サイト:https://www.searchlightpictures.jp/movies/bansheesofinisherin

コピーライト:© 2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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