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ピエール・エテックス レトロスペクティブ

2022年12月23日
ゴダールやトリュフォーを魅了し、ジェリー・ルイスが崇めたフランスの喜劇監督ピエール・エテックス。その傑作群を一挙公開。

知られざる喜劇王エテックス

ピエール・エテックスの長編4作品と短編3作品が一挙に公開される。1本を除いては日本初公開なので、エテックスを見るのは今回が初めてという映画ファンも多いだろう。

幻の映画作家、エテックス。その神秘のベールがいよいよ剥がされるわけだが、さて、そもそもエテックスとは何者なのか?

幼少時からチャップリンやキートンの喜劇に親しみ、サーカスの道化師に憧れ、パントマイムや楽器演奏の腕を磨き、デザインやイラストの勉強もしたというから、根っからの芸能好きで、多芸多才の人物であったようだ。

映画の世界へ入るきっかけとなったのは、風刺喜劇の名手、ジャック・タチとの出会いである。タチの「ぼくの伯父さん」(58)で助監督を務め、俳優としても出演。あの有名なポスターもエテックスが描いた。

また、後に脚本執筆でコンビを組むジャン=クロード・カリエールと出会ったのも「ぼくの伯父さん」を介してだった。同作のノベライズを担当したカリエールを紹介されたのだ。今回公開される7本も、すべて脚本は二人の共作である。

不器用な“オタク男”の見当外れな求愛行動を追った「恋する男」。サーカスの世界を舞台に曲芸師の栄光と悲哀を描いた「ヨーヨー」。不眠症や都市環境など現代人がかかえる問題を4つの短編で構成したオムニバス「健康でさえあれば」。既婚男性の浮気願望を描いた「大恋愛」。そして「破局」、「幸福な結婚記念日」「絶好調」の3短編。ここでは、そのうち2本の長編を紹介する。

ゴダールも絶賛した「ヨーヨー」

「ヨーヨー」は、サーカスやサイレント映画への愛が全編にあふれる作品だ。主人公は、大豪邸に何十人もの召使を抱え、何不自由ない暮らしを送る男。だが、ニューヨーク発の大恐慌で全財産を失い、かつて恋人だった女曲芸師のもとへ戻る。

幼い息子のヨーヨーと3人、サーカス団での巡業生活が始まる。男も元は曲芸師だったらしい。

息子のヨーヨーは大人へと成長し、サーカス団の花形に。やがて巨万の富を築いたヨーヨーは、父親が手放した屋敷を買い戻すのだが――。

大豪邸での贅沢三昧の生活を描いた序盤から、大恐慌、大戦、テレビの台頭と、時代が変遷する中で、新たに主人公となったヨーヨーがスター街道を邁進していく。そして代替わりした大豪邸でのクライマックスへ。

サイレント映画ふうに演出した序盤と、最後の壮大なパーティの場面には、卓越したギャグの数々が散りばめられ、戦前のエルンスト・ルビッチ作品を彷彿とさせる。

また、パーティの最中にサーカスの象が屋敷に侵入するシーンは、ブレイク・エドワーズがピーター・セラーズを主演に撮った「パーティ」(68)を先取りしている。

エテックスの卓越したコメディ・センスを感じさせる作品だ。だが、それだけではない。男が別れた恋人の写真を見つめ思いにふける場面や、解雇された召使たちが丘の上の屋敷から長い坂道を下って出ていく場面、また、ヨーヨーが恋人と別れる場面などには、憂愁の影が漂う。単に笑わせるだけでなく、人生の意味について問いかける作品でもあるのだ。

ゴダールは本作を65年の映画ベスト10の1本に選んでいる。コメディ好きで、自作でもコミカルな演出を多用したゴダールは、ジェリー・ルイスの熱烈な支持者でもあったが、そのルイスもエテックスを手放しで称賛している。

ゴダールからもルイスからも激賞された天才監督エテックスの代表作「ヨーヨー」。映画ファンなら必見の1本である。

「大恋愛」はシュールな映像に注目

「大恋愛」もまた、第一級のコメディでありつつ、「結婚とは何?人生とは何?」という大問題に迫った作品だ。結婚10年目を迎えた夫婦。表面上は平穏な日々を送っているが、夫の心には浮気の虫が蠢(うごめ)いている。会社に美人秘書が入社するや、さっそく妄想の翼を広げるのだが――。

ビリー・ワイルダーの名作「七年目の浮気」(55)を思わせる設定だ。主人公が妄想の世界に入るとき、ワイルダーは画面上で妄想開始を合図していた。だが、エテックスは、主人公を何の前触れもなく、妄想の世界に放り込む。妻が義母に似てきたと思えば、その瞬間、妻は義母の姿に変わってしまうのだ。

妄想と現実の境目をなくしたシュールな映像。その最たるものが、走るベッドのシーンだ。秘書との色事を妄想しながら主人公は眠りに就く。すると、いきなりベッドが動き出し、寝室を抜け、玄関から外へ出ると、そのまま路上を走行していくのだ。

これは、共同脚本のジャン=クロード・カリエールのアイデアだろうか。後にカリエールが脚本を書いたルイス・ブニュエルの「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」(72)などにも同じような奇想が映像化されていた。

走行途中、主人公は秘書をピックアップし自宅に戻る。穏やかな笑みを浮かべながら眠る主人公。もちろん隣に秘書の姿はない。

妄想は妄想のまま、主人公は現実に戻り、平和な夫婦生活は継続されることになるのだが――。夫婦の形勢が逆転するラストの締めが鮮やかだ。

ヨーヨー

64、フランス

監督:ピエール・エテックス

出演:ピエール・エテックス、クローディーヌ・オージェ、リュス・クラン

大恋愛

69、フランス

監督:ピエール・エテックス

出演:ピエール・エテックス、アニー・フラテリーニ、ニコル・カルファン

公開情報:12月24日 土曜日 より、シアター・イメージフォーラム他全国ロードショー

公式サイトhttp://www.zaziefilms.com/etaix/

コピーライト:🄫1973 – CAPAC – Les Films de la Colombe 🄫1971 – CAPAC 🄫1965 – CAPAC 🄫 1968 – CAPAC

配給:ザジフィルムズ

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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