戦場で傷ついた二人の女
舞台は1945年のレニングラード。苛烈な独ソ戦にソ連が勝利を収めた直後の物語である。勝利したとはいえソ連側の被害は甚大で、まだまだ多数の傷痍軍人が軍病院で手当てを受けている。
主人公のイーヤはそこで働く看護婦だ。自らも従軍経験があるイーヤは、交戦中に受けた砲撃のショックでPTSD(心的外傷)を負っており、時々体が硬直し放心状態に陥る。
仕事のかたわらイーヤは小さな男児を育てている。だが、ある日、二人でじゃれ合っている間に発作を起こし、誤って死なせてしまう。
実の子ではなく、戦友のマーシャから預かった子供。ドイツ軍に殺された父親の敵を討つため、マーシャは戦場で生んだその子をイーヤに託し、戦闘を続けていたのだ。
そのマーシャが帰還する。子供のことを尋ねるマーシャ。答えようとしないイーヤ。「死んだの?」。「そうよ」。すると、マーシャは追及をやめ、イーヤをダンスへと誘う。
怒りや悲しみは露わにせず、あっさり気持ちを切り替える。戦場で身に付けたサバイバル術だろうか。マーシャが戦場でいかに過酷な体験をしてきたかは後半で明かされる。タフに見えるのは、戦場で嘗めた辛酸に鍛えられたものに違いない。
街に出た二人。若い男たちにナンパされる。イーヤは頑として男を撥ねつけるが、マーシャはサーシャという初心な男を誘惑し、自ら体を差し出す。ドギマギする男を「私に任せて」と主導し、あっさりと関係を持ってしまう。
サバけた女ではあるが、実はマーシャもイーヤ同様にPTSDをかかえている。彼女の場合、症状は鼻血である。突如として鼻から血をたらし、失神してしまう。
大浴場のシーンでは、マーシャのさらなる秘密が明かされる。腹部に大きな手術の跡。彼女はもはや子供が生めないのだ。
だが、マーシャはどうしても子供がほしい。イーヤに命を奪われた子供の代わりがほしい。そこでマーシャはイーヤに自分の子供を生んでほしいと迫る。過失とは言え子供を死なせた手前、拒否できないイーヤは渋々承諾するのだが――。
イーヤもマーシャも戦争で家族を失い、戦後の人生は自分の力で切り開いていかなければならない。しかも、いつPTSDの発作が出るか分からない。不安を消してくれるのは人の温もりだけだ。マーシャは若い男との結婚に賭けようとした。サーシャは年上の男との生活を夢見た。しかし、人生はそれほど甘くはなかった。
イーヤが院長の指示で回復不能な患者に安楽死を施すシーンがある。発作を起こして子供を死なせるシーンとともに、実に静かな殺人場面だ。
爆撃や砲撃がなくても人は死ぬ。終戦後にこそ際立つ戦争の残酷さを、女性の視点で描いた反戦映画である。
戦争と女の顔
2019、ロシア
監督:カンテミール・バラーゴフ
出演:ヴィクトリア・ミロシニチェンコ、ヴァシリサ・ペレリギナ、アンドレイ・ヴァイコフ、イーゴリ・シローコフ
公開情報: 2022年7月15日 金曜日 より、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷他 全国ロードショー
公式サイト:https://dyldajp.com/
コピーライト:© Non-Stop Production, LLC, 2019
配給:アット エンタテインメント
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