外国映画

映画レビュー「戦争と女の顔」

2022年7月14日
戦友から預かった子を看護婦は誤って死なせてしまう。帰還した戦友は自分のために新しい子を生むよう看護婦に迫るのだが――。

戦場で傷ついた二人の女

舞台は1945年のレニングラード。苛烈な独ソ戦にソ連が勝利を収めた直後の物語である。勝利したとはいえソ連側の被害は甚大で、まだまだ多数の傷痍軍人が軍病院で手当てを受けている。

主人公のイーヤはそこで働く看護婦だ。自らも従軍経験があるイーヤは、交戦中に受けた砲撃のショックでPTSD(心的外傷)を負っており、時々体が硬直し放心状態に陥る。

仕事のかたわらイーヤは小さな男児を育てている。だが、ある日、二人でじゃれ合っている間に発作を起こし、誤って死なせてしまう。

実の子ではなく、戦友のマーシャから預かった子供。ドイツ軍に殺された父親の敵を討つため、マーシャは戦場で生んだその子をイーヤに託し、戦闘を続けていたのだ。

そのマーシャが帰還する。子供のことを尋ねるマーシャ。答えようとしないイーヤ。「死んだの?」。「そうよ」。すると、マーシャは追及をやめ、イーヤをダンスへと誘う。

怒りや悲しみは露わにせず、あっさり気持ちを切り替える。戦場で身に付けたサバイバル術だろうか。マーシャが戦場でいかに過酷な体験をしてきたかは後半で明かされる。タフに見えるのは、戦場で嘗めた辛酸に鍛えられたものに違いない。

街に出た二人。若い男たちにナンパされる。イーヤは頑として男を撥ねつけるが、マーシャはサーシャという初心な男を誘惑し、自ら体を差し出す。ドギマギする男を「私に任せて」と主導し、あっさりと関係を持ってしまう。

サバけた女ではあるが、実はマーシャもイーヤ同様にPTSDをかかえている。彼女の場合、症状は鼻血である。突如として鼻から血をたらし、失神してしまう。

大浴場のシーンでは、マーシャのさらなる秘密が明かされる。腹部に大きな手術の跡。彼女はもはや子供が生めないのだ。

だが、マーシャはどうしても子供がほしい。イーヤに命を奪われた子供の代わりがほしい。そこでマーシャはイーヤに自分の子供を生んでほしいと迫る。過失とは言え子供を死なせた手前、拒否できないイーヤは渋々承諾するのだが――。

イーヤもマーシャも戦争で家族を失い、戦後の人生は自分の力で切り開いていかなければならない。しかも、いつPTSDの発作が出るか分からない。不安を消してくれるのは人の温もりだけだ。マーシャは若い男との結婚に賭けようとした。サーシャは年上の男との生活を夢見た。しかし、人生はそれほど甘くはなかった。

イーヤが院長の指示で回復不能な患者に安楽死を施すシーンがある。発作を起こして子供を死なせるシーンとともに、実に静かな殺人場面だ。

爆撃や砲撃がなくても人は死ぬ。終戦後にこそ際立つ戦争の残酷さを、女性の視点で描いた反戦映画である。

戦争と女の顔

2019、ロシア

監督:カンテミール・バラーゴフ

出演:ヴィクトリア・ミロシニチェンコ、ヴァシリサ・ペレリギナ、アンドレイ・ヴァイコフ、イーゴリ・シローコフ

公開情報: 2022年7月15日 金曜日 より、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷他 全国ロードショー

公式サイト:https://dyldajp.com/

コピーライト:© Non-Stop Production, LLC, 2019

配給:アット エンタテインメント

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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