外国映画

映画レビュー「クラム」

2022年2月17日
アメリカのアンダーグラウンド・コミックスを代表する漫画家ロバート・クラム。その人物像に光を当てたドキュメンタリー。

強権的な父親、心を病んだ兄弟

ロバート・クラムという名は知らないとしても、その漫画やイラストにはきっと見覚えがあるのではないか。

カウンターカルチャー(反体制文化)を象徴するキャラクターとなった「フリッツ・ザ・キャット」や「ミスター・ナチュラル」は、何かの雑誌で必ず目にしているはずだし、ロックファンなら、ジャニス・ジョプリンのアルバム「チープ・スリル」のジャケットを、一度は見たことがあるだろう。

クラムが漫画家としてブレークした60年代後半、居住地のサンフランシスコでは、ヒッピー文化が花盛り。ロック・ミュージシャンの必須アイテムだったLSDは、一般の若者にまで浸透しており、クラムも常用者の一人だった。

LSDの幻覚作用から生まれた妄想は、歪(いびつ)な性的欲望と結びつき、特異なキャラクターや破格のストーリーへと結実していった。

クラムの作品を特徴づけるものに、尻や足など女性の下半身への偏愛がある。大きな尻と太い足があれば、他はどうでもいいのだろう。「ミスター・ナチュラル」は、女性の頭部を体の中に埋め込んでしまう。

LSDの使用によって理性を解かれたクラムは、心の奥に潜んでいた女性差別、そして人種差別の感情まで解放していったのだった。

本作は、そんなクラムの人物像に光を当てたドキュメンタリーである。本人や家族、関係者らの証言に、多数の作品画像も交えながら、異端のアーティストを生み出した背景や環境に迫っていく。

証言の多くを占めるのは、クラム自身によるものだ。いずれも興味深い発言ばかりだが、中でも印象的なのが、父親への憎悪を語るくだりだ。

クラムを含む三人の息子を自分と同じ海兵隊員にしたいと望んでいた父親は、短気で怒りっぽく、幼い息子たちを本気で殴った。外ではいつも笑顔だったが、家に帰るやたちまち笑顔は剥がれ落ちた。

息子たちはそんな父親に反抗し、全員が“オタク”になった。アメリカ保守文化に対するクラムの反発。それは、強権的な父親への反感でもあったのだ。

辛い少年期に耐えたクラムは成功者となった。だが、二人の兄弟は悲惨な人生を送ることになった。

クラム同様に芸術的才能に恵まれ、少年時代は互いに刺激を与え合うライバル的存在だったが、兄も弟も精神を病み、家に引きこもった。兄は自殺未遂者、弟は性犯罪者でもあった。

作中で、クラムは兄や弟と会話し、彼らの壮絶な人生を語る。しかし、一歩間違えれば自分も同じ道をたどったかもしれないのだ。

ロバート・クラムという傑出したアーティスト。その背後には暴力的な父親や、病んだ兄弟がいる。彼らの存在はクラムを苛(さいな)んだが、一方で、創作の才能を開花させる起爆剤となったとも言える。

そんな目でクラムの作品を見返してみると、また色々な発見ができるかもしれない。それは、60年代後半のカウンターカルチャーが抗ったものは何だったのかという問題を考えるヒントにもなるだろう。

映画レビュー「クラム」

クラム

1994、アメリカ

監督:テリー・ツワイゴフ

出演:ロバート・クラム チャールズ・クラム マクソン・クラム エイリーン・コミンスキー

公開情報: 2022年2月18日 金曜日 より、新宿シネマカリテ他 全国ロードショー

公式サイト:https://crumb2022.com/

コピーライト:© 1994 Crumb PartnersⅠALL RIGHTS RESERVED

配給:コピアポア・フィルム

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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