外国映画

映画レビュー「ダムネーション/天罰」

2022年1月27日
「サタンタンゴ」の巨匠タル・ベーラが、独自のスタイルを確立した記念碑的作品。日本初公開3作の1本として上映される。

荒廃した町で破滅していく男

ロープに吊り下げられた滑車が、往復運動を繰り返している。石炭を積んで運び、空にして、また積んで運んでいるのだ。炭鉱の町なのだろう。曇り空のせいもあろうが、何とも荒涼たる風景である。

カメラが引いていく。すると、男の後ろ姿が映し出される。主人公のカーレルである。部屋の窓から外を見ていたのだ。髭を剃り、外出する。向かったのは女のアパートだ。愛人だろうか。部屋に入ろうとするが、拒まれる。

しかたなく行きつけのバーへ。すると、バーのマスターから儲け話を持ちかけられる。運び屋の仕事だが、乗り気でないカーレルは、仕事を知り合いに回し、上前を撥(は)ねるつもりらしい。マスターも合意する。

儲け話は、カーレルの愛人とその夫に委ねられる。愛人は大きなバーで歌手として働いている。だが、夫婦で借金を抱えているらしく、運び屋の仕事は“渡りに船”だったようだ。

まとまった金を得て、カーレルとの腐れ縁も断ち切って、この町から脱出したい。そんな愛人に惚れ込んでいるカーレルは、愛人を翻意させようと必死の説得を試みるが――。

「サタンタンゴ」(94)と「ヴェルクマイスター・ハーモニー」(2000)で世界的名声を獲得する前、まだ一般には無名だったタル・ベーラ監督が1988年に発表した作品である。

撮影のメドヴィジ・ガーボルはじめ、音楽のヴィーグ・ミハーイ、さらに共同脚本、編集まで、スタッフは「サタンタンゴ」と同じ。そのためかムードもスタイルも酷似しており、誰の目にもタル・ベーラ作品と分かる完成度を示している。

寂れた土地。閉塞した生活。延々と続くダンス。ゆるゆると移動するカメラ。全編を覆うペシミズム……。すべてが6年後の「サタンタンゴ」を予告しているかのようである。

大きな違いは、本作がカーレルという主人公の運命に焦点を絞っている点だろうか。愛人に執着し続けたあげく、手ひどい裏切りに遭い、惨めな末路を迎えるカーレル。その姿に全く救いはないが、それは自業自得とも思えるし、環境のせいとも言える。

カーレルのまわりは、他人を出し抜き、我欲を満たすことしか頭にないような連中ばかりである。そんな中、ひとり異彩を放つのがクローク係の女性だ。

「あの女は魔女よ」と警告し、聖書の一節まで唱えて、カーレルを救おうとするこの女性。カーレルに好意を抱いているのか、単なるお節介か、それとも慈愛か。

不思議なオーラを放つ謎の女性である。

終盤、踊り明かした人々が帰り、無人となったバーから一人出ていく姿をとらえたロングショットがいい。この後に続くカーレルの哀れな姿との対比。素晴らしい。

本作は「タル・ベーラ 伝説前夜」と銘打って特集上映される初期作3本の1本である。

同時上映されるのは、デビュー作「ファミリー・ネスト」(77)および長編第二作「アウトサイダー」(81)。ともにまだタル・ベーラ独自のスタイルは確立していないものの、社会から見捨てられた人々の生活を鮮烈に描き出している点で一貫している。

映画作家タル・ベーラの原点と進化の過程を知るうえで必見の3本。いずれも日本初公開。4Kデジタル・レストア版で上映される(「サタンタンゴ」(94)、「ニーチェの馬」(2011)の特別上映もあり)。

映画レビュー「ダムネーション/天罰」

ダムネーション/天罰

1988、ハンガリー

監督:タル・ベーラ

出演:セーケイ・B・ミクローシュ、ケレケシュ・ヴァリ、テメシ・ヘーディ、パウエル・ジュラ、チェルハルミ・ジュルジュ

公開情報: 2022年1月29日 土曜日 より、シアター・イメージフォーラム他 全国ロードショー

公式サイト:https://www.bitters.co.jp/tarrbela/

配給:ビターズ・エンド

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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