外国映画

映画レビュー「名もなき歌」

2021年7月30日
「妊婦に無償医療を提供」。宣伝文句に釣られて出産した母親が、赤ん坊を奪われる。母親は新聞記者とともに犯罪組織を追うが――。

背後にちらつく国家権力の影

20歳のヘオルヒナは、ペルー南部の街に住む貧しい先住民女性だ。妊娠中だが、夫の稼ぎだけでは食べていけず、路上でジャガイモを売っている。カツカツの暮らしなのだ。

そんなヘオルヒナに朗報が飛び込む。ある財団が無料で妊婦の医療を提供するというのだ。喜び勇んだヘオルヒナは、さっそく首都のリマまで足を延ばし、産院で診療を受ける。

後日、陣痛に襲われ、再び産院を訪れたヘオルヒナは、無事に出産を済ませた。ところが、生んだばかりの赤ん坊を何者かに連れ去られたあげく、産院から追い出されてしまう。

警察や裁判所に縋(すが)るが、有権者番号がないため、相手にされない。そこでヘオルヒナは新聞社に駆け込み、助けを求める。

ヘオルヒナの悲痛な訴えを聞き、真相の究明に乗り出すのは記者のペドロだ。社会的地位は高いが、先住民族の血が混ざり、同性愛者であることを隠しながら生活している。ヘオルヒナには及びもつかないが、彼もまた日陰を生きる人間なのだ。

ヘオルヒナに同情したペドロは、ジャーナリストとしての使命感に燃え、危険な取材に身を投じていく。やがて見えてくるのは、国際的な幼児売買組織の存在。さらには、その背後に見え隠れする国家権力の影だった。だが、一記者であるペドロにとって、権力の壁はあまりに厚すぎる。

深入りすれば、命を落とすかもしれない。ペドロはなす術なく立ち尽くし、ヘオルヒナは絶望に打ちひしがれる――。

下層階級の人々が権力に虐げられる姿を、リアルに冷徹に見つめた映画である。1988年にペルーで起きた事件がベースになっており、物語自体はシンプルでオーソドックスだ。

ただし、モノクロ・スタンダードで撮られたクラシカルな映像には美しさと力強さが漲(みなぎ)り、一瞬たりとも目を離すことができない。スローモーションやシルエットなど、戦前のサイレント映画で多用された技巧も、まるで監督自らが発明したかのような鮮度を放ち、ゾクリとさせられる。

ヒロインに扮したパメラ・メンドーサの演技がまた凄い。丸めた寝具を我が子に見立てて抱きながら子守唄を歌うシーンは、一度見たら瞼に焼き付いて離れないだろう。

政府と犯罪組織との癒着。社会的弱者や少数者への非情な仕打ち……。本作で浮き彫りにされる問題は、先進国とされる国々にも無縁とは言えない。ヘオルヒナに降りかかった悲劇を、対岸の火事と見ることはできない。

映画レビュー「名もなき歌」

名もなき歌

2019、ペルー/スペイン/アメリカ

監督:メリーナ・レオン

出演:パメラ・メンドーサ、トミー・パラッガ、ルシオ・ロハス、マイコル・エルナンデス

公開情報: 2021年7月31日 土曜日 より、ユーロスペース他 全国ロードショー

公式サイト:http://namonaki.arc-films.co.jp/

コピーライト:© Luxbox-Cancion Sin Nombre

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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