外国映画

映画レビュー「マジック・ランタン・サイクル」

2021年3月10日
オカルト、サイケ、ゲイ、SM……。実験映画の鬼才ケネス・アンガーの短編9本をまとめたプログラムがHDリマスターで甦る。

時代を超越したアンガーの世界

処女作の「花火」(47)から「ルシファー・ライジング」(80)まで、ケネス・アンガーのフィルム9本をまとめたプログラム「マジック・ランタン・サイクル」が、HDリマスター版により上映される。

各作品が撮影されたのは、40年代後半から60年代後半までの間。要するに、すべて半世紀以上前の映像だ。なのに、どれ一つ全く古さを感じさせないのは驚きである。

アンガーが主演も兼ねた「花火」は、若者のSM的な妄想を、ホモセクシャルなムードの中に描いた作品。ジャン・コクトーとテネシー・ウィリアムズという、二人の偉大な同性愛者から激賞されたことでも知られる。

過激な暴力描写は、やはりゲイであることを公言していたライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの作品に通じるものがあり、その後に急増したゲイ映画のレベルが本作に遠く及ばないことを考えても、アンガーの先駆性を思わざるを得ない。

同様に男の世界に密着した「スコピオ・ライジング」(63)にも、男が男を見つめるホモセクシャルな視線が露わであり、この点において、「花火」の延長線上にある作品と言えるだろう。

BGMには当時流行っていたアメリカン・ポップスが使われており、これも既成曲を多用したニュー・アメリカン・シネマの先取り。音楽と映像のコラボとして見れば、プロモーション・フィルムの原点とも言える。

一方、66年に撮影開始されたものの、途中でルシファー役のボビー・ボーソレイユがフィルムを盗み、さらには殺人まで犯してしまうという、スキャンダルまみれの作品が「ルシファー・ライジング」だ。

序盤の赤から途中で青へとトーンが変わると、マリアンヌ・フェイスフル扮する悪霊リリスが登場する。ゴダールの「メイド・イン・USA」(66)やジャック・カーディフの「あの胸にもう一度」(68)でも披露されていた美貌は、本作のミステリアスな映像の中で、格別の妖しさを放っていて、見る者を恍惚とさせよう。

BGMのサイケデリックなロックは、当初担当するはずだったジミー・ペイジに代わり、獄中のボーソレイユが作曲。なかなか聴き応えのあるサウンドとなっている。

マリアンヌ・フェイスフルといえば、当時恋人だったミック・ジャガーが音源を提供したのが「我が悪魔の兄弟の呪文」(69)。裸の男たち、米軍ヘリコプター、ドラッグ吸引、ヘルスエンジェルスなど、暴力や退廃のイメージが、一人の男の記憶や空想の中で展開し、収監される前のボーソレイユの姿も映し出される。

60年代後半は、「サタニック・マジェスティーズ」や「悪魔を憐れむ歌」をリリースするなど、ローリング・ストーンズが悪魔づいていた時期であり、「ルシファー」に関与したジミー・ペイジも、黒魔術への傾倒が囁かれていた頃だ。

悪魔的神秘主義者アレイスター・クロウリーに捧げられた「ルシファー」にしても本作にしても、当時の先端的ロックシーンの一部に浸透していたサタニズムの空気を逃さず取り込んでいる点、さすがアンガーと言うしかない。

「快楽殿の創造」は、クロウリーの神秘思想や呪術的儀式を映像化した作品。「ルシファー」とは異なるスタイルながら、クロウリーの悪魔的世界をサイケデリックに描いた映像が素晴らしい。

手法的には1920年代のアヴァンギャルド映画を彷彿させるが、それが却って新しく感じられるから不思議だ。ヘンリー・ミラーの愛人で、性愛小説の書き手としても有名なアナイス・ニンが、月の女神アスターテを演じているのも興味深い。

ほかに、改造マシンに熱中する若者をテーマとした短編「K.K.K. Kustom Kar Kommandos」(65)、衣装選びをする女優の優雅な生活を収めた「プース・モーメント」(49)、月夜の下、噴水庭園を急ぎ足で歩く貴婦人を追った映像詩「人造の水」(53)、月に憧れ、美女に焦がれるピエロの悲哀をメルヘン風に謳い上げた「ラビッツ・ムーン」(50)。

前述したように、時代を超越した鮮度抜群のクラシック9編。デニス・ホッパー、デヴィッド・リンチなど、多くの映画作家に影響を与え続けてきた、唯一無二の鬼才、ケネス・アンガーの真髄にぜひ触れてほしい。

映画レビュー「マジック・ランタン・サイクル」

Aプログラム

『ルシファー・ライジング』(1980)

『快楽殿の創造』(1953)

『我が悪魔の兄弟の呪文』(1969)

『人造の水』(1953)

Bプログラム

『スコピオ・ライジング』(1963)

『K.K.K. Kustom Kar Kommandos』(1965)

『プース・モーメント』(1949)

『ラビッツ・ムーン』1950年バージョン(1950)

『花火』(1947)

2021年3月12日(金)より、アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺、アップリンク京都他全国ロードショー。

公式サイト: https://www.uplink.co.jp/anger/

※『マジック・ランタン・サイクル』Blu-rayは3月31日(水)発売予定。

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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