日本映画

映画レビュー「ソワレ」

2020年8月27日
刑務所帰りの父親に暴行を受けるタカラ。止めに入る翔太。もみ合う中で、タカラは父親を刺す。翔太とタカラの逃避行が始まった。

女優・芋生悠の圧倒的な存在感

翔太は役者志望の青年だ。売れる見込みのないまま、オレオレ詐欺で食いつなぐその場しのぎの日々を送っている。ある夏の日、翔太は劇団の仲間とともに、故郷の海辺の街にある老人介護施設を訪れ、演劇プログラムを指導することになった。

施設では、タカラという名の女性が働いていた。暗い表情で、洗濯などの雑用を黙々とこなすタカラを、翔太たちは祭りに誘う。

浴衣に着替えて出発の準備をするタカラ。そこに、服役し出所してきた父親が現れる。少女だったタカラに性的暴行を働いた男だ。

“復縁”をもちかける父親。抵抗するタカラ。母親はとっくに男を作った。そう話すタカラに、逆上した父親がのしかかる。

そのとき、翔太がタカラを誘いにやってくる。集合住宅の一棟。タカラが住む部屋の窓が割れ、破片が道路に飛び散る。

慌てて部屋に駆け込んだ翔太が、必死で止めに入る。もみ合いの中、タカラはナイフで父親を刺してしまう。二人はその場から逃走する――。

濃密な導入部だ。ここまでで、翔太とタカラのパーソナリティやバックグラウンドが過不足なく描写されている。

翔太は、先の見えない毎日に焦燥感を覚えつつ、未来を切り開く努力はせず、苦労もしたくない。それで、安易に犯罪に手を染めてしまう。精神的に未熟な男だ。

一方、タカラは、筆舌に尽くしがたいトラウマをかかえ、学校を出るとすぐに働きに出た。単調でハードな仕事でも、文句ひとつ言わず引き受ける。健気で忍耐強い女だ。

そんな対照的な二人が、警察の追跡を振り切り、行き場のないまま、逃避行を続ける。翔太にとってはタカラのトラブルに巻き込まれた形。ただし、タカラを守りたいという動機に偽りはない。

「傷つくために生まれたんちゃうやん」という翔太の言葉が印象的だ。タカラはそんな翔太の思いを受け止めながら、閉ざしていた心を徐々に開いていく。

だが、逃げ続けるにも金は必要だ。生きる力のあるタカラと、労働を馬鹿にしている翔太。それでも惹かれ合う二人の、危うい距離感が何とも言えずスリリング。

セリフは少なめ。言葉で説明せず、あくまで映像で表現していく。描写力が尋常ではない。たとえば、タカラが父親から性的暴行を受けた記憶。それを再現ビデオ的に見せるのではなく、洗面台の鏡に向かうタカラの映像で描き出す。

画面の色彩が薄暗く変化し、同時に鏡の中のタカラが少女の姿に変わる。経過した時間と、持続するトラウマが、カラーコントロールによって簡潔に表現されている。見事である。

また、アルバイト先のスナックで、酒を上手に作るのを見たママに、「父親が酒飲みだったでしょ?」と聞かれ、タカラがふっと表情を曇らせる場面も秀逸。

こういった繊細な演出は随所にあるが、いずれの場面においても、タカラ役を演じた芋生悠の圧倒的な存在感が光っている。

弱々しげだが、したたか。色っぽいのに、清純。100人以上のオーディションで選ばれただけのことはある。とんでもない女優が登場したものだ。

ソワレ

2020、日本

監督:外山文治

出演:村上虹郎、芋生悠、江口のりこ、石橋けい、山本浩司

公開情報: 2020年8月28日 金曜日 より、テアトル新宿、テアトル梅田、シネ・リーブル神戸他 全国ロードショー

公式サイト:https://twitter.com/soiree_movie

コピーライト:© 2020ソワレフィルムパートナーズ

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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