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第19回東京フィルメックス「川沿いのホテル」「マジック・ランタン」

2018年12月9日
川沿いのホテル
ホン・サンスの「川沿いのホテル」、アミール・ナデリの「マジック・ランタン」。巨匠たちの最新作に、映画ファンは酔いしれた。

ホン・サンスの至芸が光る

11月17日から25日まで開催された第19回東京フィルメックス。今年も、選りすぐりのコンペ作品はもちろんのこと、特別招待作品あるいは特集上映作品として上映された巨匠たちの新作・旧作が、映画ファンの目を大いに酔わせてくれた。

オープニングを飾ったのは、韓国のホン・サンス監督による最新作「川沿いのホテル」。

舞台は、HOTEL HEIMATという名の、漢江を望むリゾートホテル。季節は冬である。宿泊客である著名な老詩人を、二人の息子が訪ねてくる。久しぶりの再会らしい。二人は腹違いで、弟は新進の映画監督である。

一方、やはり宿泊客である若い女性の部屋に、年上の友人が訪れる。女性は妻子持ちの男との恋に傷つき、自殺未遂を図ったらしい。二人はきわめて親密で、レズビアンの雰囲気も感じるが、考えすぎかもしれない。

女好きらしい老詩人が、女性二人に声をかけ、詩人だと自己紹介すると、女性たちは「知ってるわ」と答える。

話は特にはずむことなく、詩人は待ち合わせのティールームに戻り、息子たちと再会を果たす。別れた妻から、憎悪に満ちた言葉を投げかけられたこと。自分を気に入って招いてくれたホテルのオーナーから、今はもうときめきを感じないと告げられたこと。ネガティブな話題も飛び出すが、それで場が暗くなるほどではない。

その後、二組の男女5人は居酒屋で、たまたま別々のテーブルに着く。気が付いていないのか、互いに挨拶を交わすこともない。

ホン・サンスの近作のほとんどがそうであるように、大きな事件が起こるわけでもなく、淡々と映画は進んでいく。

だから、終盤の急転回には驚かされた。飄々としたユーモアに油断していたら、意表を突く一撃で、突如、人生の深淵を直視させられる。ホン・サンスの老練な技が光る、鮮やかな一編である。

現実と幻想を行き交う恋愛映画

今年の特集上映は、イランの名匠アミール・ナデリ監督。初期作品と新作合わせ監督作4本、脚本作1本が上映された。

最新作「マジック・ランタン」は、まもなく取り壊される映画館で働く映写技師の青年を主人公とした映画だ。忙しなく準備を終え、映写開始。スクリーンに現れるのは彼自身の姿である。ただし、職業は映写技師ではなく、古着・古道具店の店員だ。

ある日、店の前で携帯電話を拾う。店によく来る美少女のものである。携帯の動画を見ると、ボーイフレンドがいるらしいので、電話してみる。

「グレッチェン?」。その声で、青年は彼女の名を初めて知る。彼は、とっくに彼女と別れたと言う。その後、彼女の友人たちに電話したり、会ったりすると、グレッチェン以外に彼女はいくつもの名を使っていたことが分かる。

もう一人、店をよく訪れる美しい女性がいた。美少女の養親だったのだと言う。かつて女優として華やかな人生を送った。屋敷には大スターたちがあふれていた。だが、やがてみんな姿を消してしまった。

娘の名はエミリーといい、2年前に亡くなった。彼女の事故死を報じた新聞記事を見せられる。青年は映写されているフィルムが彼女の死にたどり着く前に、彼女と会い、事故を防ごうとするが――。

現実から幻想へ。幻想から現実へ。リアルとファンタジーを行き来する手法は、溝口健二の「雨月物語」(53)から学んだそうだ。

美少女の養親を演じたのは、ジャクリーン・ビセット。ナデリ監督が若い頃からのファンであることもあり、当初からキャスティングを熱望したという。

事務所を通しての出演交渉は難航したが、「カイエ・デュ・シネマ」のナデリ特集を読んでいたビセットから直接OKが出て、実現したらしい。

消え行く映画館文化、去り行くスターたち。かつて隆盛を誇った映画の時代に対するノスタルジーあふれる作品。

川沿いのホテル

2018、韓国

監督:ホン・サンス
出演:キ・ジュボン、キム・ミニ、ソン・ソンミ、クォン・ヘヒョ、ユ・ジュンサン

マジック・ランタン

2018、アメリカ

監督:アミール・ナデリ
出演:モンク・セレル・フリード、ソフィー・レーン・カーティス、ジャクリーン・ビセット

公式サイト:https://filmex.jp/2018/

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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