人助けの伝道者
1970年から91年まで続いた内戦は、カンボジアに甚大な被害をもたらした。道路や水道などインフラの破壊は言うに及ばず、数多くの人命が失われ、地雷で手足を失った者も少なくない。その惨状を知るには、本作の冒頭に映し出される集落の人々を見るだけで十分だろう。
そんな人々にするっと近づいて会話を交わしたり、子どもたちに自慢の指笛を聴かせたりしているのが、OKA(オカ)こと栗本英世だ。OKAとはタイ語でチャンスという意味。タイで就学支援をしていたとき、学校に行くチャンスが得られたと言って子どもたちが付けたニックネームだそうだ。
それにしても絶妙なネーミングである。というのも、チャンスを与えるということこそは、栗本の活動の真髄だからだ。栗本は金やモノを求められても、決して応じないという。それをやると、常にもらうことを当てにして、自分で働いたり稼いだりできなくなるからだ。だから栗本はいつも手ぶらなのだ。
栗本にとって支援とは、その人が他人に頼ることなく自力で生きていけるよう手助けすることなのだ。チャンスを与えることなのだ。
そのために必要なのが学校だ。立派な建物でなくてもいい。設備なんかなくてもいい。黒板があって教師がいればいい。学べば社会の罠にはまることがなくなる。人身売買の犠牲になることもなくなるだろう。さっそく栗本は寺子屋を作った。子どもが無料で学べる場所。
子どもの知的好奇心は旺盛だ。スポンジが水を吸うように、どんどん知識を吸収する。映画の終盤、成長した生徒が、立派な社会人となって登場する。
死にかけていたところを栗本が抱きかかえて運んだ女児が登場する場面も感動的だ。今は結婚して子を生み、幸せな暮らしを送っている。栗本に救われ、生かされた人々は数知れない。
苦しんでいる人を笑顔にすることが、栗本にとっての最大の喜びなのだ。地位や名誉や金などどうでもいい。
そんな栗本の人生の原点にあるのが母親だ。貧しい家庭だった。母親の苦労は筆舌に尽くし難いものがあった。もう母親のような人を作りたくない。苦しんでいる人を見たくない。この思いが栗本の人生の根幹を成している。
日本から中国へ、そして東南アジアへと、拠点を変えながらの“ひとりNGO”。2022年に力尽く。享年71。人助けの伝道者として全うした、比類なき人生だった。
OKAは手ぶらでやってくる
2024、日本
監督:牧田敬祐
公開情報: 2025年5月10日 土曜日 より、新宿K’s cinema他 全国ロードショー
公式サイト:https://www.haising.jp/movie-1
コピーライト:© 2024 NPO法人映像記録/ウェストサイドプロダクツ
配給:ミカタ・エンタテインメント