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第26回東京フィルメックス 観客賞「左利きの少女」

2025年12月30日
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観客賞はツォウ・シーチン監督の初単独監督作「左利きの少女」。本作はアカデミー賞国際長編映画賞の台湾代表にも選出されている。

少女が見つめる混沌の世界

母親が長女イーアンと次女イージンをバンに乗せて、台北の街へと向かうシーンから映画は始まる。蒸発した夫が作った借金の返済に目処が立ち、人生の再スタートを切ろうと、一度離れた台北に戻ってきたのだ。

母親は夜市で麵屋台を開業するが、入院した夫の医療費を負担するなど、苦労は絶えず、一向に生活は楽にならない。ただし、隣で雑貨屋を営む若い男に惚れられ、お熱い関係になるという、そんな楽しみもないではない。

一方、長女のイーアンはいかがわしいビンロウ屋で働き始めたかと思うと、たちまち店長と関係を持ってしまう。品行方正とはほど遠く、母親に対しても反抗的だが、それは一時的なことではなさそうだ。何か二人の間に因縁めいたものがあるのだろうか。

しかし、日々の暮らしの中で人間関係にいちいち頓着しているゆとりなどはない。台北での生活は朝から夜まで忙(せわ)しく、立ち止まって考えることなどできないのだ。慌ただしい毎日が繰り返されていく。

そんな大人の世界を次女のイージンはどんな気持ちで見つめるのか。町の中を縦横無尽に駆け回るイージン。彼女の目に飛び込む風景は、混沌の一語だろう。大人たちが繰り広げる猥雑な営みは、フィルターなしにイージンの視覚を直に刺激する。

だが、それは、作品冒頭でイージンが万華鏡を覗く場面が示唆しているように、彼女の視点を通すことで非現実的でファンタスティックな世界に転じているのかもしれない。本作を支配する鮮やかな色彩設計には、監督のそのような狙いが感じられぬでもない。

逆に言うと、それほど、現実の世界は直視に耐えられぬ出来事に満ちあふれているということである。

祖父から「左手は悪魔の手」と言われたイージンが犯した罪は無邪気なものだった。しかし、今のイージンは想像もできないだろうが、やがて知ることになるはずの真実は、それほど単純なものではない。そのとき、イージンは何を思うのか。

全編にユーモアと人情があふれている。だが、同時に胸がつまるような悲痛な現実も暗示されている。なかなか一筋縄でいかない映画なのである。

監督のツォウ・シーチンは、「テイクアウト」(2004)でショーン・ベイカー監督との共同監督を務め、「スターレット」(2012)、「レッド・ロケット」(2021)など多くの同監督作品でプロデュースを手がけてきたが、本作ではベイカー監督が共同脚本、編集、プロデュースを担っている。内容やスタイルにおける両者の類似点や相違点を確かめてみるのもいい。

第26回東京フィルメックス 観客賞「左利きの少女」

左利きの少女

2025、アメリカ/イギリス/フランス/台湾

監督:ツォウ・シーチン

公式サイト:https://filmex.jp/

コピーライト:🄫 2025 LEFT-HANDED GIRL FILM PRODUCTION CO., LTD ALL RIGHTS RESERVED/© Ori Media

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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