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第38回東京国際映画祭 ワールド・フォーカス部門 「トンネル:暗闇の中の太陽」「マゼラン」

2025年12月7日
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ベトコン視点で戦争を描く「トンネル:暗闇の中の太陽」、大航海時代の暗黒面に迫った「マゼラン」。歴史に新たな光を当てた注目作。

「トンネル:暗闇の中の太陽」

首まで水に浸かった女性兵士が銃を構えながら川を渡る。近くには死体が浮いている。そこはベトナム戦争の最前線だ。

米軍の激しい爆撃、砲撃にさらされたベトコン軍は、地下に全長200キロ以上の多層トンネルを掘り、ゲリラ戦を展開している。

兵士たちに課せられた任務は、通信拠点の死守だ。正式な戦闘訓練など受けていないであろう、ごく普通の若者たちが、命をかけて敵に立ち向かう。

敵はアメリカ兵だけではない。味方の顔をした敵もいる。冒頭、女性兵士は、怪しいベトナム人を捕らえる。だが、彼は武器づくりの天才で、ゲリラ戦になくてはならない存在となる。

ベトナム戦争の勝利に貢献したクチトンネルの戦いを描いた作品だ。これまでベトナム戦争の映画といえば、ほぼアメリカ製。前面に登場するのは、アメリカ兵の姿ばかりだった。

敵対するベトコンは得体の知れない恐ろしいアジア人であり、殲滅すべき対象でしかなかった。極論するなら、ベトコンは人間じゃなかった。

そのベトコンを主役として描いたのが本作である。太平洋戦争における日本軍の戦いを彷彿させるトンネルでのゲリラ戦が、男女の愛慾も絡め、実に人間的に描かれている。

圧倒的な戦力差を知恵と精神力で跳ね返し、アメリカの不敗神話を崩したベトコン兵。その活躍を、ベトナム人監督が、ベトコンの視点で描き、ベトナム戦争の実態に新たな光を当てている。

「マゼラン」

洗い物をしているのだろうか。何かを探しているのだろうか。裸の女性が川原にしゃがんでいる。突然そこに白人が現われ、彼女は逃げ出す。侵略者が先住民の平穏な暮らしを破壊する第一歩の瞬間だ。印象的なオープニングである。

大航海時代には、このように多くの白人が未開地を訪れ、先住民を恐怖に陥れたのに違いない。探検家マゼランもその一人だ。最後はフィリピン・セブ島に上陸し、熱心に布教を試みるが、先住民たちの反乱に遭い、殺されてしまう。

マゼラン海峡の発見、初の世界一周などの輝かしい功績とともに語られ、英雄視されがちなマゼラン。しかし、実際は、かなり問題のある人物で、相当に無茶なこともしたようだ。

劇中、航海のパートでは、同性愛行為に及んだ船員を斬首したり、反抗的な船員や司祭を島に置き去りにしたりと、マゼランの情け容赦ない一面が描かれている。

殺されたのは、先住民が信じる神を否定し、強引にキリスト教を押し付けようとしたからに他ならない。土着の文化を破壊されて怒った先住民が、マゼランを謀って亡き者にするプロセスがスリリング。「(虐殺したのは)しかたなかった、自由になるには…」という主謀者のセリフが印象的だ。

フィリピン人のラヴ・ディアス監督が、自らの祖先と関わり死んで行ったマゼランの人間像に迫った作品。マゼランの物語を通して、西欧列強による植民地支配の動機、方法、構造を浮かび上がらせているところは、さすがディアスである。

「トンネル:暗闇の中の太陽」同様、史実を独自の視点で見つめ直している。

トンネル:暗闇の中の太陽

2025、ベトナム

監督:ブイ・タック・チュエン

出演:タイ・ホア、ゴー・クアン・トゥアン、ホー・トゥ・アイン

コピーライト:🄫TUNNELS FILM COMPANY LIMITED

マゼラン

2025、ポルトガル/スペイン/フランス/フィリピン/台湾

監督:ラヴ・ディアス

出演:ガエル・ガルシア・ベルナル、ロヘル・アラン・コサ、アンジェラ・ラモス

公式サイト:https://2025.tiff-jp.net/ja/

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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