「エルジ」
児童養護施設で育ち、紡績工場で働くエルジは、小さな村に実の母を訪ねる。しかし、24年ぶりに会う母親は再婚し、エルジと同じような年頃の息子もいた。母親はエルジを姪として家族に紹介する。

首都ブダペストから来たエルジの洗練された雰囲気は村人の注目を集め、息子も魅力的な異性として興味を示す。しかし、母親の態度は終始素っ気なかった。母娘の関係は修復されることなく、エルジは帰途に就く。
村に来たときにも声をかけてきた男と列車で再会したエルジは、誘われるがまま途中下車し、男のアパートで関係を持つ。
ブダペストに帰ってからも、わざわざ男を訪ねて振ってみたり、自分に恋してつきまとう年下の少年をからかったり。刹那的な日々を過ごすエルジの前に、ある日、見知らぬ中年男が現れる――。
記念すべき長編デビュー作。“工場労働”や“家族の不在”というお馴染みのモチーフにより、メーサーロシュ・マールタ作品の原点を示した一作だ。曖昧に開かれたエンディングが、いかにもメーサーロシュらしい。
「月が沈むとき」
政治家の夫を亡くしたエディトは、遺産の相続を放棄するという選択をする。愛情のない結婚生活を送ってきた夫との関係を一挙に断ち切りたかったのだ。

しかし、父親の名誉が汚されることを恐れた息子のイシュトヴァーンは、母親の行動を阻止すべく別荘に軟禁してしまう。看守役となったのはイシュトヴァーンの婚約者カティ。
当初は息子の側に立っていたカティだが、エディトと日々を過ごすうちに、彼女への共感を深めていく。そして「夫そっくり」という母親の息子評が、カティの背中を押す――。
理不尽な男社会に反旗を翻す女二人。これまたメーサーロシュらしいメッセージあふれる作品である。「エルジ」に主演したコヴァーチュ・カティが婚約者役を好演している。
「リダンス」
工場労働者のユトゥカは、大学生のアンドラ―シュと恋仲になる。アンドラーシュはユトゥカを自分と同じ大学生と信じており、ユトゥカもそのようにふるまっている。

アンドラ―シュはやがてユトゥカの素性を知るが、ユトゥカへの気持ちは変わらない。結婚を望むアンドラ―シュは、両親にユトゥカを紹介し、互いの両親を交えての食事会を開くことになる。
両親が離婚しているユトゥカは、偽の両親を連れて、アンドラ―シュ家を訪れる。父親役の名演で芝居はうまくいったかに見えたが――。
恋愛の自由と階級の壁という問題に迫った作品だ。愛があればたいていのことは克服できるという考えは幻想で、知識階級と労働者階級との溝は埋めがたい。情け容赦のない格差社会で、ユトゥカはいかなる選択をするのか。
ヒロインの若い裸体に湯が弾けるシャワーシーンが鮮烈。
「ジャスト・ライク・アット・ホーム」
アメリカでの留学生活を終え、母国ハンガリーに帰ってきたアンドラーシュ。妻は去り、大学の仕事も失い、不安定な身分だ。
久しぶりに村の実家を訪ねたアンドラーシュは、1匹の犬に目を惹かれる。ジュジという少女の飼い犬だった。アンドラーシュはジュジが拒否するのも構わず、勝手に母親と交渉して犬を買い取ってしまう。

そんなアンドラーシュのもとを、ジュジが一人で訪れる。話し合いの末、犬を返してくれたアンドラーシュにジュジは好意をいだき、アンドラーシュもまたジュジに親密な感情を覚える。
野道を自転車で駆け抜けたり、池で泳いだり…。二人の間には親子のような絆が生まれていく。そんな二人の姿に危ういものを感じたのは、かつての恋人アンナ。幼いジュジとアンナが対峙する――。
大人の男と幼い少女。疑似父子関係のほのぼのとした感じはなく、微かに男女の危険な香りが漂う。アンドラーシュもジュジも、それぞれに心の空白を抱えており、互いにそれを埋め合おうとする営みが、恋愛に似たものとなるのかもしれない。
親子のようでありながら、その枠に収まり切れない微妙な関係を描いている点で、ヴィム・ヴェンダースの「都会のアリス」(1973)を彷彿させる。メーサーロシュとしては異色の作品だ。
アンナ役にゴダールのミューズ、アンナ・カリーナ。蠱惑的な笑みは本作でも健在だ。
「日記 子供たちへ」「日記 愛する人たちへ」「日記 父と母へ」
1947年、ソ連から母国ハンガリーへ帰国したユリは、共産党員マグダの養子として新生活を始める。党の幹部であるマグダが与えてくれる富や特権を享受しつつも、ユリは冷戦下での恐怖政治にストレスを感じ、マグダへの反感も募るばかりだ。

彫刻家の父は秘密警察に捕まり、母は苦労の末、この世を去っていた。ユリはそんな過去を思い出しながら、自分の進むべき道を模索する。父と瓜二つの男との出会い。モスクワ留学。映画制作――。

監督であるメーサーロシュ自身の体験に基づいたドラマに、豊富なアーカイヴ映像を交え、メーサーロシュ作品の核心に迫る三部作。
エルジ
1968、ハンガリー
監督:メーサーロシュ・マールタ
出演:コヴァーチュ・カティ
月が沈むとき
1968、ハンガリー
監督:メーサーロシュ・マールタ
出演:トゥルーチク・マリ、コヴァーチュ・カティ、バラージョヴィチ・ラヨシュ
リダンス
1973、ハンガリー
監督:メーサーロシュ・マールタ
出演:クートヴェルジ・エルジェーベトゥ
ジャスト・ライク・アット・ホーム
1978、ハンガリー
監督:メーサーロシュ・マールタ
出演:ヤン・ノヴィツキ、ツィンコーツィ・ジュジャ、アンナ・カリーナ、サボー・ラースロー(ラズロ・サボ)
日記 子供たちへ
1980-83、ハンガリー
監督:メーサーロシュ・マールタ
出演:ツィンコーツィ・ジュジャ、ヤン・ノヴィツキ
日記 愛する人たちへ
1987、ハンガリー
監督:メーサーロシュ・マールタ
出演:ツィンコーツィ・ジュジャ、ヤン・ノヴィツキ
日記 父と母へ
1990、ハンガリー
監督:メーサーロシュ・マールタ
出演:ツィンコーツィ・ジュジャ、ヤン・ノヴィツキ、トゥルーチク・マリ
公開情報:2025年11月14日 金曜日 より、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷他全国ロードショー
公式サイト:https://meszarosmarta-feature.com/
コピーライト:🄫 National Film Institute Hungary – Film Archive
配給:東映ビデオ
