父親が好きだった
松本麗華(りか)。あの麻原彰晃(松本智津夫)の三女である。地下鉄サリン事件が起き、首謀者の麻原が逮捕された1995年当時は、まだ12歳。にも関わらず、教団内では正大師という高位の称号を与えられ、指導的立場に置かれた。
そのせいもあり、麗華はメディアからマークされ、テレビや新聞、雑誌のネタにされた。メディアへの露出は、悪い意味で麗華を有名人にしてしまった。世間は麻原の娘というラベルを貼り、彼女の社会生活から徹底的に自由を奪っていく。
大学を複数受験して合格してもすべて入学拒否され、提訴の末ようやく入学を果たした。アルバイトをしてもすぐにクビになった。銀行口座も作れない。理由を尋ねる麗華に、銀行員が「銀行の判断で」とだけ答えるシーンが印象的だ。
要するに、麻原の娘という情報があらゆる場所で共有されているため、何を求めても拒絶されてしまうのだ。まるでカフカの小説みたいな不条理の世界である。
自分は罪など犯していない。なのに罰が与えられる。つらい人生である。自殺しようと思ったこともたびたび。
そんなときは、都会を離れて自然の中に身を委ねる。山に入り、沢を登ると、不安や恐怖が和らぐ。「山を登っていくと、その先に父たちが笑って待っているんじゃないか」と麗華は語る。
父親が好きだった。虫も殺しちゃいけないという価値観で自分を育ててくれた父、やさしかった父。それがあんな恐ろしい事件を起こした。何故? その理由を本人の口から聞きたかった。
しかし、その願いは叶わないまま、麻原は処刑されてしまった。その無念がずっと麗華の心を苦しめてきた。それは社会のバッシングとは違う次元で、麗華を苦しめてきたに違いない。
本作は、オウム事件をはじめ犯罪報道に携わってきた長塚洋監督が、松本麗華と出会い、その受難の人生を追った6年間の記録である。
長塚監督が問いかけ、麗華が答える。それに監督がまた言葉を投げかけ、麗華が応じる。といった形で、気心の知れた者同士の自然な会話が、映像や写真の上を流れていく。基本的には淡々と理知的に話す麗華。だが、時折、感情が抑えられず、目に涙をあふれさせる。
世間から拒まれ続けてきた人生。それを打ち破りたい。後半、麗華が筋トレに励み、ボディコンテストに出場するエピソードが紹介される。1回目は残念な結果に終わるが、再チャレンジし見事3位入賞を果たした。初めて世間に認められた。
大学で資格をとったカウンセラーの仕事も順調のようだ。「つらい経験をされている人たちが相談にくる。自分の経験を生かして、そういう人たちの役に立てたらうれしい」
仕事だけではない。恋愛もしているらしい。これまで何十年も奪われてきた自分の人生。それを取り戻す時がやってきているのかもしれない。
それでも私は
2025、日本
監督:長塚洋
公開情報: 2025年6月14日 土曜日 より、新宿K's cinema他 全国ロードショー
公式サイト:https://www.iamhisdaughter.net/
コピーライト:© Yo-Pro
配給:Yo-Pro