外国映画

映画レビュー「ガール・ウィズ・ニードル」

2025年5月20日
夫を見捨て、恋人に棄てられた貧しい妊婦カロリーネ。手を差し延べてきたのは、望まれぬ子どもの里親を斡旋する年配の女性だった。

白黒画面に展開する悪夢の世界

縫製工場で働くカロリーネ。夫は戦争に駆り出され音信不通だ。爪に火を点す生活も限界。家賃滞納でアパートを追い出される。窮地を救ってくれたのは、工場経営者のヤアアン。二人は恋に落ち、カロリーネは妊娠する。

そんなカロリーネの前に思わぬ人物が現れる。死んだものと諦めていた夫のピーダだ。戦死は免れたが、戦傷で顔が破壊されている。カロリーネは恋人ができたと告げ、ピーダを追い返した。

ヤアアンとの結婚を期待し、心弾むカロリーネ。しかし、母親から反対されたヤアアンに、カロリーネはあっさり棄てられてしまう。

結婚の夢が破れた以上、子どもを生む意味はない。病院で堕胎するタイミングを逸したカロリーネは、浴場に縫い針(ニードル)を持ち込み、自力で胎児を掻き出そうとする。そんなカロリーネを制止したのは年配の入浴客ダウマ。

堕ろすのではなく、生んで養子に出せばいい。生んだら自分を訪ねるようにと、帰り際、ダウマはカロリーネに自分の住所を伝える。

その後、カロリーネはサーカスの呼び物となっていたピーダと縒りを戻し、子を出産。善良なピーダは素直に喜んだが、別人との子をカロリーネは育てたくない。カロリーネはピーダが外出した隙に、赤ん坊を抱えてダウマの元を訪ねるのだが――。

社会の底辺であえぐヒロインが、泥沼のような環境から抜け出ようと、必死にもがく姿を描いた作品だ。舞台となるのは、今から100年以上前のデンマーク。厳然とした階級格差があり、貧しい者、弱い者を救済するシステムは存在しなかった。

夫が徴兵され、収入が激減し、アパートを追い出される。これがカロリーネにとって苦難の第一歩。カロリーネは裕福な男性と恋愛することで、この苦境を脱するとともに、豊かな生活を手に入れるチャンスを得る。

ところが、身分差という大きな壁がカロリーネの夢を打ち砕く。結果的に苦難はいっそう大きくなってしまう。そんなカロリーネに手を差し延べるのが、ダウマという女性だ。

彼女の商売は、望まれない子どもを有料で預かり、養子縁組を成立させるというもの。ダウマはそれを社会的に意義のある仕事だと考えており、確かに堕胎より望ましい選択のように思える。

一種の慈善事業のようなことをしているダウマだが、彼女にはいかがわしい雰囲気もある。たとえば、子どもか孫か判然としない女児と暮らしていること、年下の愛人を引っ張り込んでは情事にふけっていること。

ダウマの仕事を手伝うようになり、ともに暮らすようになったカロリーネは、そんなダウマのおそろしい秘密に気づいてしまう。

中盤以降は、ほとんどカロリーネとダウマの二人舞台である。救済主であり親友のような存在であったダウマが、カロリーネを追いつめ、支配しようとする。その圧倒的な力にカロリーネは必死の抗いを見せる。

女と女の生存を賭けた熾烈な争い。演じたヴィクトーリア・カーメン・ソネ、トリーネ・デュアホルムの白熱した演技合戦は見ものだ。

最終的に突き付けられるのは、カロリーネもダウマも、社会的には弱い存在だという事実である。弱い者が必死で生きる。その結果が正しいかどうかは、視点によって変わり得る。だから、この映画には絶対的正義も絶対的悪も描かれていない。問題とすべきは、人間をそのように行動させる、その時代の社会のあり方なのだ。

ストーリーは実話に基づいている。しかし、白黒画面には幻想味が漂い、悪夢を見ているような感覚を抱かせる。その意味で、これはリアリズムの作品としてではなく、一種のファンタジー、メルヘンとして見るべきかもしれない。そのように見ることで、この映画の意味もくっきりと浮かび上がるように思うのだ。

映画レビュー「ガール・ウィズ・ニードル」

ガール・ウィズ・ニードル

2024、デンマーク/ポーランド/スウェーデン

監督:マグヌス・フォン・ホーン 

出演:ヴィクトーリア・カーメン・ソネ、トリーネ・デュアホルム、ベシーア・セシーリ

公開情報: 2025年5月16日 金曜日 より、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷ホワイト シネクイント他 全国ロードショー

公式サイト:https://www.transformer.co.jp/m/needlemovie/

コピーライト:© NORDISK FILM PRODUCTION / LAVA FILMS / NORDISK FILM PRODUCTION SVERIGE 2024 

配給:トランスフォーマー

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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