成田空港反対闘争に参加した農民の現在を撮った「三里塚に生きる」に続き、共闘した若者たちの人生に迫ったドキュメンタリー。

あの時代の悪夢を葬り去りたい

※<管制塔占拠>40周年&毎日映画コンクールドキュメンタリー映画賞受賞を記念し、アンコール上映されている代島治彦監督「三里塚のイカロス」。2017年の公開時に書いたインタビュー記事を、一部加筆した上で掲載します。

成田空港建設反対闘争に参加した農民の現在の姿を撮った「三里塚に生きる」(2014)。その共同監督を務めた代島治彦監督が、今度は「三里塚のイカロス」で、農民と共に闘った若者たちの人生に迫った。代島監督は「あの時代の悪夢を葬り去りたい」と語った。

農家に嫁いだ“支援妻”の悲劇

前作「三里塚に生きる」の姉妹編とも言える本作「三里塚のイカロス」。製作のきっかけとなったのは、2013年の5月に起きた痛ましい出来事だったという。

「三里塚の農家に嫁いだ、いわゆる支援妻の一人が自殺した。空港反対同盟の夫とともに反対闘争を続け、ずっと土地を売らずに頑張っていたのですが、2006年4月、ついに移転を受け入れた。その7年後のことでした。移転したことを“同志たち”への裏切りと受け止め、自分を許せなかったのか」

「『三里塚に生きる』を撮っていて農民たちの心の傷の深さを感じましたが、支援妻もまた深い心の傷を負っていた。それで、次の映画のテーマとして“支援妻”はどうだろうと考えたのです」

20人以上いた三里塚の支援妻。4、5人が離婚してこの地を去ったが、残りの十数人が今も三里塚で暮らしている。

「“夫が移転を決めたときには自分も悩んだ”。“気持ちはよく分かる”。会って話を聞くと、みんな自殺した女性に同情的でした。本作には秋葉恵美子さんという女性が出ていますが、ご主人が軽トラの運転席からインタビューに応じるシーンで、よく見ると、ローレックスの高級腕時計をしているのが分かる」

「石を投げたり、鎌を振り上げたりして、農地死守を叫んでいた夫が、何億という移転補償金を手にすると生き方さえも変えてしまう。その姿を見ているのは、さぞ辛いだろうと思いますね」

三里塚と連合赤軍との因縁

支援妻をテーマにとの目論見だったが、出演依頼に応じてくれたのは、本作に登場する3人のみ。残りの女性には、“夫もいる、子供もいる、カメラの前では話せない”と断られたため、取り上げる人物の範囲を、“外から入ってきた若者”に広げることに。人選にあたってリサーチを進めると、三里塚と連合赤軍との関係も浮かび上がってきた。

「反対闘争の初期、ほとんどの新左翼のセクトは三里塚に団結小屋を持っていて、いろいろな人が入っていた。中には連合赤軍事件の森恒夫や永田洋子もいた。69年に赤軍派を結成、山梨県の大菩薩峠で軍事訓練をして、50何人かが一斉検挙されますが、このとき三里塚の農家の息子たちもかなり誘われている」

「また、連合赤軍の母体となった京浜安保共闘が雲取山に設けた山岳ベースには、三里塚から米や野菜が運ばれたりしている。本作では言及できませんでしたが、こういった事実がくわしく描ければ、三里塚の見え方もまた変わっていたかもしれませんね」

管制塔占拠事件は今も誇り

本作で肯定的に語られる唯一のエピソードが、78年に起きた管制塔占拠事件。人質をとらず、誰も傷つけなかったこの闘いに、“義勇兵として参加し、勝利を収めた”ことを、元国鉄下請労働者の中川憲一さんは誇りに思い、当時着用していたヘルメットや足袋を今も大切に保管している。

「あの闘いがあったからこそ今の自分がある。中川さんはそう思っている。しかし、当日は、奥さんにどう説明しようかという葛藤の中で管制塔に登っている。そういう人間的な面に迫れたのはよかった」

「一方、同じく管制塔占拠に加わった立命館大学の平田誠剛さんは、そこまで肯定的ではない。ともに逮捕され8年間収監されたが、82年に平田さんの属するセクトはレイブ事件を起こし、農民の期待を裏切る。83年には反対同盟の分裂も起こる。刑務所にいる間に、状況はどんどん悪化していった。何のために自分は犠牲を払ったのか。彼らは情けない気持ちになったでしょう」

平田さんの先輩の吉田義朗さんは、強制大執行を阻止するための塹壕を掘っていて落盤事故に遭い、下半身不随となった。だが、車椅子生活の不自由さを感じさせない明るいキャラ。トークも達者だ。

「吉田さんは現在、日本障害者カヌー協会の会長をしている。カヌーは引っ繰り返ると足を抜いて泳ぐしかない。だから下半身不随の人は乗ってはいけないことになっていた。彼はこの常識に逆らい、日本で初めてカヌーに乗った」

「もともと、吉田さんは高校時代に若者が警官にボコボコにされているのを見て、反権力に目覚めた人。義憤に駆られて、三里塚に来て、農民を助けるために、やれるだけのことはやった、という思いがある。中川さんもそうだが、三里塚闘争を肯定的にとらえて、今もポジティブに生きている。傷ついて自殺してしまう人がいる一方で、そんな人たちがいるということも知ってほしかった」

表情に滲み出る心の傷

岸宏一さんは、元中核派で1981年から2006年まで25年間、三里塚の現地責任者を務めた人物だ。反対同盟を分裂させたり、テロを仕掛けたりして、反対闘争を過激化させた張本人。本作の完成を楽しみにしていたそうだが、2017年3月、谷川岳西側の東谷山で遭難した。

「岸さんは、責任者という立場上、言えることと言えないことがある。最初からそう明言していた。だから、本作でも建前的な発言が多い。“記者会見じゃないんだから”ってツッコミを入れたくなるほど(笑)。しかし、映画とは面白いもので、表情や声音に、岸さんの苦渋というか、心に抱えているものが透けて見える。自分の人生を否定するようなことは言葉に出せない。彼のそういう思いは伝わってくるんですよ」

ほかに、農民運動家の加瀬勉さんと、空港公団の前田伸夫さんという、当時すでに若者ではなかった人たちも登場する。

「加瀬さんは外からくる新左翼の若者を指導し、反対同盟とくっつけた人。終戦まで軍国少年だったが、戦後は社会党の農民運動家になり、三里塚に入った。途中から社会党が去ると、離党し三里塚に居残った。農家の長男なのに結婚せず、今は一人で母親を介護している」

「前田さんは、用地買収の黒幕的な人物。自分が用地買収を進めたおかげで空港が完成したという自負を持っている。同時に、自宅を焼かれ、可愛がっていた犬まで殺されたという恨みもいだいている。公団側の人間は、今まで三里塚を描いた映画には出てこなかったが、農民や支援者と同様に、反対闘争では心に大きな傷を負っているのが分かります」

天使に悪霊が憑いた

本作に登場する人々は、いずれも三里塚という舞台で、それぞれが正しいと信じることのために、人生をかけて闘った。そして、多くの大切なものを失った。

その悲しみに耐えて生きている人、耐え切れずに命を絶った人、逆境をはね返してポジティブに人生を切り開いている人。それらの人々に共通するのは、結局は目的を成し遂げられなかったという敗北感だろうか。

「新左翼の若者たちが支援に駆けつけたとき、三里塚の農民たちは、都会からゲバ棒持ってヘルメットかぶった天使がやってきたと思ったかもしれない。ところが、闘争のプロセスで、機動隊員3人が死亡する事件が起きたり、自殺者が出たりした。そのあたりから闘争に悪霊が憑いてくる。天使が悪霊に変じてくる」

「『三里塚のイカロス』というタイトルも、そこに結びついてくる。つまり、60年代から70年代にかけて政治の時代というのがあった。時代には翼が生えていた。その翼がもげて、墜落した。このとき、一度完全に死んでしまえばよかったのだが、ほそぼそと生き残り、80年代、90年代になっても内ゲバや爆弾テロは絶えなかった」

「あのとき、あの時代が完全に終焉していれば、若者も政治アレルギーになることなく、新たな時代にふさわしい形で政治活動を展開する動きも出ていたのではないか。あの時代の悪夢を完全に葬り去りたい。悪霊よ、もう二度と甦らないでくれ。そんな想いを込めて、僕はこの映画を撮りました」

『三里塚のイカロス』(2017、日本)

監督:代島治彦

2018年4月14日(土)~27日(金)、新宿K’s cinemaで公開。

公式サイト:http://www.moviola.jp/sanrizuka_icarus/

コピーライト:© 2017 三里塚のイカロス製作委員会