イベント・映画祭日本映画

暮らしの思想 佐藤真 RETROSPECTIVE

2024年5月24日
ドキュメンタリー映画の新しい地平を切り開いた、稀代の映画作家・佐藤真。独自の視点とスタイルを持つ6作品が回顧上映される。

49歳で逝った稀代の映画作家

90年代から00年代にかけて次々と傑作ドキュメンタリーを生み出し、49歳という若さで燃え尽きた映画作家・佐藤真。大学在学中から水俣病被害者の支援活動に関わり、89年から新潟県阿賀野川流域の民家に住み込みながら撮影した「阿賀に生きる」(92)は、国内外で高い評価を受け、佐藤の名を広く知らしめた。

その後、「まひるのほし」(98)、「SELF AND OTHERS」(00)、「花子」(01)など、精力的に作品を発表しつつ、テレビの分野にも活動範囲を広げ、さらには映画論の執筆にも力を注いだ。

今回の回顧特集では、知的障害者たちの創作活動を追った「まひるのほし」、特異なアートの才能を持つ障害者女性とその家族の姿を描いた「花子」、パレスチナ出身の知識人が生涯求め続けた共生の道をロードムービーの中に探った「エドワード・サイード OUT OF PLACE」(05)を、いずれも4Kレストア版で上映。また、「阿賀に生きる」、「SELF AND OTHERS」、「阿賀の記憶」も特別上映される。

ここでは、そのうち知的障害者とアートをテーマとした2本を紹介する。

知的障害者が描くアートの世界「まひるのほし」

本作に登場する7人のアーティストは、いずれも知的障害者。兵庫、滋賀、神奈川の社会福祉施設でアートの創作に励んでいる人たちだ。

兵庫県西宮市の「すずかけ作業所」では、シュウちゃんと呼ばれる若者が、女性職員のサポートやアドバイスを受けながら、さまざまな植物の絵を描いていく。

ほとんど意味のある言葉を発せず、何を考えているか分からないシュウちゃんだが、パステルを手にするや、絵画の世界に没入し、独創的な作品を生み出していく。

神奈川県平塚市の「工房絵」では、自らをシゲちゃんと呼ぶ青年が、女性への憧れや欲望をカードにメモしている。若いシゲちゃんの頭の中は、いつも女性のことばかりなのだ。このカードが立体的に構成・陳列され、ビデオと組み合わせられることで、現代アートへと変換される。

他にも、女性の裸体を完成度の高い抽象画として描くノリちゃん、「情けない」が口癖の陶芸家・伊藤さん、そしてユキエちゃん、マッちゃん、トミヅカくんという面々にスポットが当てられる。

作品の制作プロセスばかりでなく、親子関係や私生活にもカメラが向けられ、テレビではNG必至の場面まで収録。そのあまりに人間的な映像に、目が釘付けとなる。

タイトルの「まひるのほし」には、「白昼には見えないが、そこには輝く星が存在している」という思いが込められているそうだ。本作に登場するアーティストは、まさに今は発見されていないが確かに存在する“星”なのである。

知的障害を持つ人たちのアート作品はアール・ブリュットとかアウトサイダー・アートと呼ばれ、スイスのローザンヌには専門の美術館がある。だが、本作が撮影された98年の時点で、日本ではまだ十分に認識されていなかった。その意味で、本作は先駆的な意義を持つ作品とも言える。

両親と3人で形成する家族の輪「花子」

「まひるのほし」に登場するアーティスト同様、今村花子は知的障害者である。デイセンターに通いながら、週末は油絵を描く生活を続けている。だが、花子にはもう一つ、他人とは違う独特な創作活動がある。

それは、残した食べ物を畳や皿の上にレイアウトするというものだ。花子自身がそれをアートと意識しているかどうかは不明だが、母親の知左はこの「食べ物アート」を発見するや、感銘を受け、それを写真に撮り始める。6年で2000枚を超える作品が溜まってしまった。花子にとって食べ物アートは、毎日のルーティーンとなっているのだ。

花子の創作にとって、そして人生にとって、母・千左と父・泰信の存在はきわめて大きい。きかん気の強い花子は、いわゆる手のかかる子供である。

しかし、そんな花子を千左も泰信も全く迷惑がることなく、彼女の可能性を最大限に伸ばすべく、全面的なサポートを厭わない。デイセンターに頼りつつも、自宅で過ごす時間の大半は、花子への献身に費やしているのだ。

「花子」というタイトルであるが、これは花子とその両親、3人の物語と言えるだろう。花子の3つ年上の姉・桃子は、この家族の輪から外れている。

本作において、桃子はほぼ声だけの出演である。彼女は近々家を出ていくと語る。この家族に愛想を尽かしたわけではない。自分の人生を生きるため、今村家を離れて、独りになるのである。

だが、桃子はすべてを語っているわけではない。今村家で一人離れた場所から、妹と両親の姿を見つめてきた。語られていないことがきっとあるはずだ。花子の物語は、桃子の物語を想像させる。単純な映画ではない。

暮らしの思想 佐藤真 RETROSPECTIVE

まひるのほし

監督:佐藤真

1998、日本

コピーライト:©️1998 「まひるのほし」製作委員会

花子

監督:佐藤真

2001、日本

コピーライト:©️2001 シグロ

公開情報:2024年5月24日 金曜日 より、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国ロードショー

公式サイト:https://alfazbetmovie.com/satomakoto

配給:ALFAZBET

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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