脱北の明暗くっきり
北朝鮮に暮らす5人家族が、当局の監視の目をかいくぐりながら、韓国への脱出を図る。その一部始終を収めたドキュメンタリー映画である。
いわゆる脱北をテーマにした映画はこれまでにも多数製作されてきた。いずれも、北朝鮮における独裁政治の恐怖や、生活の悲惨さはよく描いていたが、本作のように脱北のプロセスに焦点を当てた作品はなかったように思う。
脱北を果たすには、具体的にどのような行動が求められるのか。どのような援助が必要なのか。どんな困難が待ち受けているのか。
本作では、それが、すべて現場で撮影された映像で記録されている。誇張も脚色もない、正真正銘のノンフィクションなのである。
脱北とは、北朝鮮の人々が主に隣国である韓国へと逃亡することを指すが、直接38度線を超えることは自殺行為である。そこで、脱北者は川を越えていったん中国に渡り、ベトナム、ラオスを経由して、北朝鮮の脅威が及ばないタイに入る。そこから韓国へ亡命するのだ。
本作は、自力で中国に渡った5人家族が山中で迷っているとの報告を受けた脱北支援者のキム・ソンウン牧師が、現地に渡り、彼らに合流するところから始まる。
キム牧師はこれまで1000人もの脱北者をアシストしてきた、この道のエキスパート。とは言え、夫婦と幼い娘二人、そして高齢の祖母を、安全に脱北させるのは至難の業だったろう。
暗闇のジャングルを何時間も歩く。木の枝が顔を傷つける。発見されないよう、懐中電灯は下に向ける。疲労困憊。もう決して若くはないキム牧師の顔からは汗が噴き出る。それでも、前進を止めるわけにはいかない。捕まったら終わりだ。
道中を共にするブローカーは金で動く。決して仲間ではない。騙される危険もある。キム牧師は、そんな彼らを上手にコントロールし、時に大声で叱りつけながら、家族の逃避行を支える。
携帯電話や折りたたみ式カメラで撮られた映像は不安定だが、生々しい迫力がある。途中から撮影クルーが同行するが、そこまでの映像は主にケータイによるものなのだ。
撮影クルーとともに過ごすラオスの隠れ家は、別荘風の瀟洒な屋敷だ。おそらくそれまで見たこともないお菓子に目を丸くする娘たち。脱北完遂まであと一息と安堵の表情を浮かべる夫婦。
一方で、スタッフたちのイメージが、さんざん聞かされてきたアメリカ人像とかけ離れていることに驚きつつも、刷り込まれたイデオロギーの呪縛から抜けられない祖母。その何とも複雑な表情が印象的だ。その祖母がエンディングでどう変身するかに注目してほしい。
移動距離1万2000キロ。決死の脱北作戦はみごとに成功する。しかし、彼らは単にラッキーだっただけなのかもしれない。
実際は、脱北に失敗する者も少なくないからだ。本作では、先に脱北を果たした母親が、残った息子の脱北を企てるが、悲劇的な結果に終わるというエピソードが、5人家族のストーリーと並行して語られている。
脱北をめぐる光と影。影を描くことで光の尊さが際立つ。キム牧師の信念と行動力、そしてマドレーヌ・ギャヴィン監督の勇気と執念が生み出した、渾身のドキュメンタリーだ。
ビヨンド・ユートピア 脱北
2023、アメリカ
監督:マドレーヌ・ギャヴィン
公開情報: 2024年1月12日 金曜日 より、TOHOシネマズ シャンテ、シネ・リーブル池袋他 全国ロードショー
公式サイト:https://transformer.co.jp/m/beyondutopia/
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配給:トランスフォーマー