日本映画

映画レビュー「妖怪の孫」

2023年3月17日
総理として歴代最長の在任期間を記録し、非業の死を遂げた男。その政治手法、生い立ち、カルト教団との関わりなどに迫る。

メディアが機能しない社会

2022年の夏、参議院選挙の応援演説中、彼は銃弾を受けて死亡した。まさか、彼があんな最期を遂げるなどとは、誰も想像していなかったろう。彼の熱心な支持者たちは、左翼の側の人間の犯行と決めつけ、生前に彼を批判していた人々をネットやテレビで責め立てた。

だが、犯行の背後に統一教会という組織があり、彼がその組織と関りを持っていたらしいと報じられた途端、支持者たちは口を閉ざした。彼が極右団体である日本会議のメンバーであることは知られていたが、韓国の文鮮明が創立した統一教会とも関係を持っていたことにはちょっと驚かされた。

「美しい日本」をスローガンに掲げる愛国主義者であり、嫌韓感情を露わにしていた人物が反日のカルト教団とつながっていたのだ。

しかし、そうと分かってみると、なぜ彼が長期にわたって選挙に勝ち続けられたのか、また、彼を中心とした自民党右派たちが、なぜ夫婦別姓や同性婚に反対するのか、謎が解けたような気がした。

銃撃事件はパンドラの箱をこじ開けた。どっと膿が噴き出した。自民党議員の多数が統一協会の宣伝塔を務め、見返りとして選挙の支援を受けていたのだ。戦後最長を誇った政権。その裏にはカルト教団が存在していた。

彼が憲法改正(改正という表現自体おかしいが)に異常なまでの情熱を注ぐのも、統一教会と無関係ではない。彼の母方の祖父で“昭和の妖怪”と呼ばれた政治家の宿願が憲法改正だった。彼はこの祖父を慕い、祖父の果たせなかった夢を実現することを己の使命とした。

めざすは戦前の日本への回帰である。強い日本をもう一度。そのための教育勅語、軍国主義。逆らう者は排除する。一億総イエスマン化というディストピアが、彼にとってはユートピアだったろう。

驚くべきことに彼の死後も、政界は構図を変えることなく、彼の描いた青写真通りに日本は右傾化の道を進み、同時に国際競争力を年々低下させている。

本作は「パンケーキを毒見する」(21)の内山雄人が前首相の政治手法や思想、生い立ちなどを、SNSの記録映像や、彼をよく知る人々や関係者へのインタビューで構成したドキュメンタリーである。

“I am not ABE”で報道番組を降ろされた古賀茂明、統一教会と自民党との関係を取材し続けてきた鈴木エイトなどが登場し、忖度のない発言で事実を検証している。

最大の見どころは、古賀が現役官僚にインタビューする場面だろう。政権の気に入らないことを言えばクビが飛ぶ。新聞社にネタを提供しても握りつぶされる。下手をしたら上司に通報される。

生々しい証言は、マスメディアと政権との癒着構造を告発してもいる。映画の冒頭、彼の国葬に参列する一般人たちの姿が映し出される。次いで、国葬に反対する人々の姿。そして両者の激突。

国民の6割は国葬反対だった。しかし、メディアは反対の人々の姿を映し出すことにきわめて消極的だった。結果、まるで国葬賛成が世論の主流であるかのような印象が形成された。メディアが委縮し、機能しない社会。世の中は今も彼が望んだ方向へと進んでいる。

映画レビュー「妖怪の孫」

妖怪の孫

2023、日本

監督:内山雄人

公開情報: 2023年3月17日 金曜日 より、新宿ピカデリー他 全国ロードショー

公式サイト:https://youkai-mago.com/

コピーライト:© 2023「妖怪の孫」製作委員会

配給:スターサンズ

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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