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第35回東京国際映画祭 グランプリ「ザ・ビースト」

2022年11月22日
隣国から移住してきた夫婦に地元の兄弟が反発。憎しみは嫌がらせや暴力にエスカレートし、ついには一線を超えてしまう――。

地元民と移住者が対立

スペイン山間部の小さな村。隣国フランスから移住してきたアントワーヌとオルガ夫妻は、当地で農園を営んでいる。

若い頃、アントワーヌは偶然にこの村を訪れ、酔って眠り込み、目覚めたときに見た美しい光景が忘れられず、かねて移住したいと思っていたのだった。

過疎化が進むこの村に、何とか人を呼び戻したい。理想に燃えるアントワーヌは妻とともに村に移り住み、自然保護に配慮した野菜作りや廃屋の改修に精を出していた。だが、そんなアントワーヌたちに、村人たちは冷たい。

村には風力発電所を建設する計画があり、村人の大多数が賛成側に回っていた。しかし、村の美しい自然が破壊されることを恐れるアントワーヌは、きっぱり反対の立場を表明。発電所の経済効果をあてにしていた村人は、横槍を入れてきたアントワーヌに怒りを向ける。

とりわけ敵意をむき出しにしたのは、隣家に住むシャンとローレンの兄弟だ。あからさまな嫌がらせは、やがて過激な行動に発展し、ついには一線を超えてしまう――。

いわゆる環境保護派と開発推進派の対立を極端な形で描いた作品だ。日本でも原発や基地の建設をめぐる住民の分断・対立が常態化しているので、他人事として見ることができない。

反対派のアントワーヌが、兄弟からの嫌がらせや暴力行為にどこまで耐えられるのか。村には一人だけ反対派がいたが、途中で死んでしまい、アントワーヌは孤立無援の状態となる。

農作物への加害という陰湿な加害、そして銃による威嚇。元教師で理性のあるアントワーヌ夫妻に対し、知性も教養もない獣のような兄弟は、いつ何をしでかすか分からない。不気味で怖い。しかし屈服するわけにはいかない。

アントワーヌは徐々に追い込まれていく。そしてある日、ついに彼らは牙をむく。

決定的な事件が起こる。普通ならここで物語は終息に向かうところだ。ところが、本作はここから再スタートを切る。今度はアントワーヌに代わり、妻のオルガが主役だ。

前半はアントワーヌの背後に引いていたオルガが、前面に出て、未完のストーリーを完結させていく。物語が進行するにつれて、オルガはアントワーヌに勝るとも劣らぬ信念の人であることが分かってくる。

夫の農業を引き継ぎ、新たに牧畜まで始めた彼女は、無気力な警察に頼ることなく、自らの足を使って動かぬ証拠を探し求めるのだ。母親の身を案じてやってきた娘の忠告にも耳を傾けず、オルガは自らに課した使命を果たすべく、じっと耐え忍び、その時がやってくるのを待つ。そして――。

価値観の対立する者同士が共存することの困難を改めて実感させられた。個人間の争いは、国家間の戦争と同様、避けられない場合がある。もし渦中に放り込まれてしまったら、どうなるか。どんな感情に襲われるか。どんな事態が起こるか。その不安と恐怖をとことん味わわせてくれる映画である。

※コンペティション部門で、東京グランプリ、最優秀監督賞、最優秀男優賞を受賞。

第35回東京国際映画祭 グランプリ「ザ・ビースト」

ザ・ビースト

2022、スペイン/フランス

監督:ロドリゴ・ソロゴイェン

出演:ドゥニ・メノーシェ、マリーナ・フォイス、ルイス・サエラ

公式サイト:https://2022.tiff-jp.net/ja/

コピーライト:© Arcadia Motion Pictures, S.L., Caballo Films, S.L., Cronos Entertainment, A.I.E, Le pacte S.A.S.

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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