日本映画

映画レビュー「宮松と山下」

2022年11月17日
エキストラ俳優の宮松は、過去に受けたショックで記憶を失っている。ある日、見知らぬ男が訪ねてくる。男は宮松を山下と呼んだ。

男はなぜ記憶を失くしたのか

始まりはチャンバラ・シーンである。颯爽とした佇まいの武士が一人歩いてくる。潜んでいた浪人二人が襲いかかる。だが、あっけなく返り討ちにされる。

さらに五人の刺客が登場し、二人が斬られる。最後に斬られた浪人は、顔を歪めながら地面に倒れ、絶命する。

だが、死んだはずの浪人は、しばらくすると立ち上がり、どこぞへと走り去る。移動した場所で浪人は衣裳を替えると、再び例の武士に挑みかかり斬り殺される。

そう、彼は時代劇の斬られ役。要するにエキストラなのだ。撮影が終われば、近所の飲み屋で一杯。くつろぎと癒しの時間である。

ところが、ビールでのどを潤した次の瞬間、いきなり背後から銃撃。ヤクザの抗争に巻き込まれ、彼はあっけなく死んでしまう――。

というのは嘘で、実はこれも映画の撮影なのだ。彼は現代劇にも出演する、多忙なエキストラ俳優なのである。

序盤はこんな感じで進行。現実と映画の継ぎ目をなくした編集のマジックで、見る者を作品世界に引き込む。上出来なコントを見ているようで実に楽しい。

しかし、これはあくまで序の口。本題はここからである。この男、名前は宮松というが、ある“事件”のショックで過去の記憶を失くしている。男を知る者もなく、とりあえず宮松と名乗っているようなのだ。

エキストラのほかにロープウェイの仕事を掛け持ちして生計を立て、古いアパートに一人で暮らしている。

記憶がないため、何かに執着することもなく、野心もない。毎回いろいろな役を割り振られ、求められるままに演じる生活は、そんな宮松の性に合っていた。

ところが、ある日、撮影所に宮松を知る男が訪ねてくる。テレビドラマで宮松を発見したというその男は、宮松に“山下”と呼びかける。宮松は元タクシー運転手で、結婚した妹がいると男は宮松に告げる。宮松には初耳だった。

やがて宮松は実家に帰り、妹夫婦と同居を始める。妹は兄である宮松の記憶を甦らそうと、昔話をしたり、趣味や嗜好に触れたりする。それらの刺激が宮松の記憶の扉を少しは開けているのかどうかは分からない。

宮松から記憶を奪った事件とは何だったのか? 妹の夫と宮松との関係は? 宮松はそれらの過去にどこまで接近し得ているのか。

探る手立ては、宮松を演じる香川照之の絶妙な顔芝居しかない。宮松と山下との間を彷徨う何とも複雑微妙な表情の変化。香川ならではの神がかった演技に圧倒される。

最後に宮松は何もかも思い出す。なぜ思い出せなかったのか。思い出したくなかったのかもしれない。

すべてを思い出した後の香川の芝居が絶品だ。冒頭の編集マジックを再現したラストの締め方も鮮やか。表現と効果が計算され尽くした、見事な心理ドラマである。

映画レビュー「宮松と山下」

宮松と山下

2022、日本

監督:関友太郎、平瀬謙太朗、佐藤雅彦

出演:香川照之、津田寛治、尾美としのり、中越典子

公開情報: 2022年11月18日 金曜日 より、新宿武蔵野館、渋谷シネクイント、シネスイッチ銀座他 全国ロードショー

公式サイト:https://bitters.co.jp/miyamatsu_yamashita/

コピーライト:© 2022『宮松と山下』製作委員会

配給:ビターズ・エンド

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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