修復された幻の傑作
夫と子供がいる。だが、家事も育児もする気がない。妻としても母親としても失格である。
だから、夫が自分と離婚し、新しい女と再婚しようとしても、文句を言う資格などあるはずもない。
裁判当日。寝坊し、ヘアカーラーをつけたままのだらしない恰好で法廷に現れると、あっさり離婚を受け入れる。かくしてワンダは独り身となる。
やることは何もない。あまりに無能なゆえに縫製工場は2日でクビになった。街をほっつきまわるしかない。バーに入ってビールを飲む。
おごってくれた客とモーテルにしけこむ。眠っているワンダを起こさぬよう、男はそっと部屋を出ようとする。気づいたワンダが慌ててパンティをはき、男を追うが、結局逃げられる。やり逃げである。
映画館では居眠りしている間に財布から金を抜かれてしまう。ドジな女だ。しかし、この後、にわかに運命が動き出す。
トイレを借りに入ったバーで、デニスという男と遭遇し、成り行きで彼の同伴者となるのだ。最初、ワンダはデニスをバーの主と思ったが、実は店主を殺して金を奪った強盗殺人犯だった。
しかし、その時点でワンダはそれに気づかない。カウンターの中に転がっている死体がワンダからは見えないのだ。
その夜は、ダイナーでスパゲティを汚らしく食べた後、モーテルへ。お決まりのコースだ。
まもなくワンダはデニスの素性に気付く。だが、ワンダはデニスから逃げようとはしない。デニスもワンダを捨てようとはしない。ワンダを盗難車に同乗させ、逃避行を続けるのである。
ワンダにとって、デニスといることは決して苦痛ではない。高圧的で暴力性のある男だが、根っからの悪人ではないことが、徐々に分かってくる。
ラジコン飛行機が飛ぶのを、車の屋根の上に乗り、夢中になって見つめるデニスはまるで純真な少年のようだ。
そんなデニスが恐るべき計画を持ちかける。実行にはワンダの協力が必要だ。危険な犯罪。ワンダは不承不承デニスの共犯者となるのだが――。
ワンダは最後まで自分の意志で行動しようとはしない。誘われるがまま、命じられるがまま、いわゆる他動的に行動を重ねていく。
ワンダのこれまでの生き方がそうだったろう。不要とされれば、捨てられ、クビにされるだけ。抵抗はしない。というより、できない。
決断しないのではなく、決断できない。選択しないのではなく、選択できない。ワンダに自由はない。
ケン・ローチの映画に登場する女性の前進を阻んだのは、英国の堅固な階級社会の壁だったが、この映画でワンダの自由を奪っているのは、もっと根源的な、無力感のようなものだ。
やる気も能力もなく、ただ流されるように生きるしかない、ワンダは再び何も起こらない、誰からも求められない、いつもの彼女の日常へと戻っていく。ラストショットでワンダが見せる虚ろな表情が忘れられない。
「草原の輝き」(61)などエリア・カザン作品に出演し、カザンの妻でもあった女優バーバラ・ローデンの監督デビュー作にして遺作。ヴェネチア国際映画祭で受賞したものの、アメリカ本国ではほぼ黙殺されていた作品だ。
「知る人ぞ知る」幻の映画だったが、マルグリット・デュラスやイザベル・ユペールらが絶賛したことで注目を浴び、プリントの修復を経て、再公開を果たした。
WANDA/ワンダ
1970、アメリカ
監督:バーバラ・ローデン
出演:バーバラ・ローデン、マイケル・ヒギンズ、ドロシー・シュペネス、ピーター・シュペネス、ジェローム・ティアー
公開情報: 2022年7月9日 土曜日 より、シアター・イメージフォーラム他 全国ロードショー
公式サイト:https://wanda.crepuscule-films.com/
コピーライト:© 1970 FOUNDATION FOR FILMMAKERS
配給:クレプスキュール フィルム
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