妻が教習所の先生と不倫? 夫の不倫に対する復讐か。それともただの妄想か。漫画家夫婦が繰り広げるスリリングな心理戦。

スリルあふれる夫婦の攻防戦

漫画家・佐和子の新作は「不倫」がテーマ。佐和子の担当編集者と不倫していた夫の俊夫は、「浮気がバレたか?」と色めき立つ。やがて作中には、佐和子と自動車教習所の先生との恋も登場し、俊夫は恐怖と嫉妬の虜となっていく――。どこまでがリアルで、どこからがフィクションなのか? 先の読めない展開に、意表を突くラスト。新進気鋭の映画監督・堀江貴大が、これまでにないスリリングな夫婦映画を生み出した。

ダイレクトな復讐よりえげつなくて面白い

――不倫をしている夫に、妻が漫画を描いて復讐する――。発想がユニークですね。

当初は、不倫した夫に、妻が不倫で仕返しするという物語を考えていたんです。でも、それだとあまり面白くないし、新しさもない。自分の映画を作る以上、何か新しさがほしかった。

そのとき、たまたま手に取った雑誌が、不倫漫画の特集をしていて、これだと思ったんです。「そうだ、単なる不倫の映画ではなく、不倫漫画の映画を作ったらどうだろう」と。

漫画家である妻が、リアルな不倫漫画を描いて夫に見せることで、夫を嫉妬で苦しめる。ダイレクトな復讐の話より、この方がえげつなくて、面白いな。そう思ったんです。

――登場人物が少ないですね。佐和子と俊夫の夫婦と、自動車教習所の先生と、佐和子の担当編集者。そして、佐和子の母親。

人数が少ない方が、それぞれの人物の行動や変化といったものが、鮮明に描けると思ったんです。そのため、人の多い都会ではなく、人里離れた場所を舞台にしたかった。脚本執筆の段階では、限界集落みたいな所も考えていましたが、結局、どこか分からない田舎の町になった。

――人数が少ないだけにキャラ作りは重要になりますね。

俊夫と不倫するのは、佐和子の担当編集者。ちょっと現実にはあり得ない設定ですが、それぐらい身近な人物の方が物語としては面白いかなと。じゃあ、そんな大胆な不倫ができちゃう女性って、どんなキャラなんだろうと考えたときに、あっけらかんとして、全く悪びれたところのない、千佳という女性像が生まれました。

また、母親の真由美は、どこか佐和子と重なる部分がある女性として造型しました。真由美は、過去に夫の浮気を経験している。劇中で説明はしていませんが、そういうバックグラウンドがある。

それだけに、佐和子の気持ちがよく分かる。何も言わないけれど、娘のやっていることはすべてお見通し。風吹さんが、そんな雰囲気をうまく出してくれています。

「Me Too運動」と不倫映画

――佐和子と真由美は、ともに不倫された女性。そう考えると、二人は共犯関係に見える。さらに言えば、今まで夫の浮気で辛酸を嘗めてきた女性たちを二人が代表して、男性に逆襲しているようにも思えます。

「Me Too運動」に代表されるように、セクハラを受けながら我慢してきた女性が、いま世界中で声を上げ始めています。不倫をテーマにした映画を作ることは、そういう状況と無関係ではあり得ないでしょう。

この時代、不倫したら丸く収まるわけがない。だから、不倫を許容するような映画は作れない。佐和子と真由美の復讐がどう見えるか。そこには、僕自身の価値観も反映されているのだと思います。

――佐和子の不倫相手を教習所の先生にした理由は何でしょう。

教習車に乗った先生と生徒が、そのまま駆け落ちしてしまう――。企画を考え始めたときに、そんなストーリーが頭に浮かんだんです。教習車で駆け落ちした二人のロードムービーを撮ったら面白いんじゃないかなと。結果的にそういう映画にはなりませんでしたが、教習所の先生と生徒という設定は残った。

――俊夫が二人の車を追跡するシーンは、ヒッチコックの「めまい」(58)を参考にされたそうですね。作品自体は笑いとサスペンスが同居していて、それもヒッチコックっぽいなと感じました。

ヒッチコックは「ハリーの災難」(55)がすごく好きで、サスペンスコメディをやってみたいという思いはありましたね。

夫には見せないもう一つの顔

――佐和子の漫画は、フィクションにも見えるし、リアルにも見える。俊夫だけでなく、観客も混乱させられますね。

虚構と現実を混濁させて、混乱を生み出すことは、この映画の狙いの一つでした。白黒はっきりさせずグレーな世界観でエンタメを作ってみたかった。だから、ラストショットも、あえて含みを持たせた曖昧な撮り方をしています。

――二人の関係は修復するのか破綻するのか。話が二転三転するので、最後まで着地点が見えません。

「不倫は悪だ」という教訓話を作りたかったわけではなく、夫婦の微妙な力関係から生まれる攻防戦を見せたかったので、最後まで楽しんでもらうことに注力しました。次々と繰り出される佐和子の仕掛けに、俊夫だけじゃなく観客も翻弄できればと。

――夫に復讐する物語という点で、デヴィッド・フィンチャー監督の「ゴーン・ガール」(14)を想起させます。

「ゴーン・ガール」では妻が最終的に殺人まで犯してしまう。すごい突き抜けた映画ですが、ああいう派手な映画をいま日本で撮ってもリアリティがないし、意味がないと思った。妻と夫の視点を操作するテクニックについては勉強になりましたが、僕はあくまで心理戦を描きたかったので、血の流れない映画を作った。

――とは言え、佐和子は恐ろしい女性です。「ゴーン・ガール」のヒロインのような暴力性はないけれど、ある意味、もっと不気味でコワいところがありますよね。黒木華さんの演技が出色でした。

佐和子は、何を考えているか掴みどころがないけど、芯は強い女性。だからこそ、最後はああいう行動に出るわけです。表情には現わさないけれど、心には情熱を秘めている。そんな佐和子像を、黒木さんはとても上手く演じてくれました。

ただ、俊夫の妄想の中に出てくる佐和子は、そんな佐和子とちょっと違う。教習車で先生の隣に座っているときは、ふだん決して見せない笑顔になるし、声のトーンも上がる。そんな解放感に満ちた佐和子の表情を見て、俊夫はますます嫉妬に苛まれるわけです。

しかし、これをあまり露骨にやると別キャラになって、観客が引いてしまいますから、微妙な差にとどめました。同じ佐和子なんだけど、何かちょっと違う。そのへんの微妙なニュアンスを黒木さんは巧みに演じ分けてくれています。ぜひ注目してほしいですね。

――ありがとうございました。

『先生、私の隣に座っていただけませんか?』(2021、日本)

監督:堀江貴大

出演:黒木華、柄本佑、金子大地、奈緒、風吹ジュン

2021年9月10日より、新宿ピカデリー他全国ロードショー。

公式サイト:https://www.phantom-film.com/watatona/

コピーライト:(C)2021「先生、私の隣に座っていただけませんか?」製作委員会