“東ドイツのボブ・ディラン”と呼ばれた人気ミュージシャン。実はシュタージ(秘密警察)のスパイという裏の顔を持っていた。

人気ミュージシャンの裏の顔

恥ずかしながら、ゲアハルト・グンダーマンという人物を知らなかった。ドイツ統一前の80年代、東ドイツで炭鉱労働者として働きながら、バンド活動をしていた伝説的ミュージシャン。

労働者であることに誇りを持ち、故郷をこよなく愛し、抒情あふれる歌を生み出した。東ドイツのボブ・ディランと称され、実際、この映画にもディランとの共演シーンがちらりと登場する。

歌手として人気が出ても、奢ることなく、労働者としての質素な暮らしを続けたグンダーマン。黙々とパワーショベルを操り、不当な待遇を受ければ、相手が権力者であろうとお構いなしに噛みつく。

そんな反骨精神あふれるグンダーマンが、実はシュタージ(秘密警察)のスパイだったというのは、ショッキングな事実である。友人たちと親しく交わりながら、同時に彼らの行動を監視し、密かに当局に報告していたのだ。一体、グンダーマンとは何者なのだろうか?

本作は、ベルリンの壁が崩壊した後、グンダーマンがバンドの友人に、この忌まわしい過去を告白するところから始まる。ところが、驚いたのは相手ではなく、グンダーマンだ。「俺もお前を監視していたんだ」。友人はそう語ったのである。

スパイは職場や家庭など、誰にも気づかれずに、どこにでも潜んでいた。それを端的に物語るのが、この冒頭のシーンだ。

シュタージの存在については過去の映画などで知っている。ちょっと怖いイメージがある。恐怖政治の象徴のような――。

しかし、ベルリンの壁もやがて崩壊という時期に物語を設定しているせいもあろうが、本作を見る限り、シュタージの恐怖はあまり感じられない。住民にもスパイの目を気にしてビクビクしながら生活している様子はほとんどない。

グンダーマンがあっさりシュタージからのオファーを引き受け、カミングアウトした後も後悔の念に苛まれているように見えないのも、彼にとってシュタージが悪いものではないという認識があったのかもしれない。

そもそも社会主義は、公平な世の中をめざすものだが、他人の不正行為を告発することは、その理想を実現する手段にほかならない。そう考えると、正義漢のグンダーマンがシュタージのスパイであったことに何ら矛盾はない。

映画はあえてその点について深追いしていない。グンダーマンは何者だったのか? 本当に裏切者だったのか。それとも社会主義を信じた愛国者だったのか。それは、この映画を見た個々人がそれぞれに判断すればいい。

はっきり言えるのは、グンダーマンが類まれな才能に恵まれたミュージシャンであったということだ。労働者の生活、郷土への愛、家族や恋人への思いを、抒情豊かに歌い上げた。その楽曲の数々は今聴いても、少しも古びていない。

グンダーマンに扮したのは、多くの伝記映画に出演しているアレクサンダー・シェーア。劇中で演奏される15曲を自身でカバーし、グンダーマンの音楽世界を鮮やかに再現している。音楽映画としても素晴らしい出来栄えの一作だ。

『グンダーマン 優しき裏切り者の歌』(2018、ドイツ)

監督:アンドレアス・ドレーゼン

出演:アレクサンダー・シェーア、アンナ・ウンターベルガー

2021年5月15日(土)より、渋谷ユーロスペース他全国ロードショー。

公式サイト:https://gundermann.jp/

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