外国映画

映画レビュー「ホモ・サピエンスの涙」

2020年11月19日
誰にも起こり得る33の出来事を、いずれもワンシーン・ワンカットで撮り上げた。異才・アンダーソン監督の新たな映像世界。

ワンカットで撮られた映像詩33編

男が旧知の友人に再会するが無視される――。地雷で足を失った男がマンドリンを奏でるが、誰も耳を傾けてくれない――。

牧師が信仰を失い、精神科医の門を叩くが、帰宅を急ぐ医師に追い返される――。「痛い」と絶叫する患者に嫌気がさして、歯科医が診察室を出て行ってしまう――。

すべてワンシーン・ワンカットで描かれる、冷たい仕打ちの数々。思わず我が人生を振り返る。「したこと」も、「されたこと」もあるような……。

誰もが一度は経験したことのありそうな、ネガティブなエピソード。ユーモア混じりに情景化されることで、己(おのれ)が時々にまき散らしてきた怒り、恨み、悲しみなどの感情が甦える。

一方、平凡な人生には起こり得ないであろうシーンも現れる。包丁を持った男が、胸から血を流して息絶えた(?)女を抱きかかえている場面。敗色が決定的となった状況で、ナチス将校が、ヒトラーとともに、終わりの時を待つ場面。

しかし、実はこれらのシーンに登場する人物であっても、ヒトラー含め、もともとは、市井の平凡な人間だったはずだ。

要するに、どこの誰にも起こり得る、普遍的な出来事。何千年にわたって反復されてきたありふれた瞬間が、入れ替わり立ち代わり、映写されていくのである。

ネガティブなエピソードばかりではない。年上の女性に恋した少年が声もかけられずただ見つめるだけというシーンには、甘酸っぱい思い出が喚起されるし、どしゃぶりの中、ずぶ濡れになりながら、娘の靴紐を結ぶ父親の姿には、心が洗われる。

カフェの前で唐突に踊り出す少女たちの映像には、青春の気まぐれと衝動が息づいていて、思わず笑みが浮かぶ。

いずれも映像詩のような33のエピソードは、見る者の心に静かなエモーションを引き起こすだろう。ストーリー、コント、ドラマといった要素をこれまで以上に省き、より純度を高めたロイ・アンダーソンの新たな作品世界を堪能したい。

ホモ・サピエンスの涙

2019、スウェーデン/ドイツ/ノルウェー

監督:ロイ・アンダーソン

出演:マッティン・サーネル、タティアーナ・デローナイ、アンデシュ・ヘルストルム

公開情報: 2020年11月20日 金曜日 より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館他 全国ロードショー

公式サイト:http://www.bitters.co.jp/homosapi/

コピーライト:© Studio 24

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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