外国映画

映画レビュー「鵞鳥湖の夜」

2020年9月24日
警官殺しで指名手配された男が、見知らぬ娼婦とともに、逃亡劇を繰り広げる。男の願いはただ一つ。妻に報奨金を渡すことだった。

中国製フィルム・ノワールの傑作

地面を叩きつける豪雨。頭上を通過する電車の轟音。場所は、郊外の駅近くの高架下だ。男が誰かを待っている。そこに女が現れる。しかし、それは男が待っていたのとは違う女だった――。

冒頭シーンを見ただけで、傑作であることを確信した。構図、カット割り、色彩、サウンド。すべてが寸分の隙もなく設計されている。先の展開への期待で、背筋がゾクゾクする。

男の名はチョウ。体に傷を負っているヤクザ風の男だ。この場所で妻と落ち合う予定だった。女の名はアイアイ。堅気の女ではない。チョウの妻の代理として来たのだと言う。

初対面の二人。互いの不信感を払拭しようと、チョウは我が身に起きた二日間の出来事を語り始める。

チョウは前科者。ヤクザ集団の幹部だ。出所した早々、グループ同士の衝突に巻き込まれる。仲間が殺され、報復に向かうが、誤って警官を射殺してしまう。

お尋ね者となった男は、自らに懸けられた報奨金が妻と幼子に渡るよう計画するのだが――。

映画は、チョウの回想シーンを通して、アイアイがなぜ妻の代わりにやってきたかの経緯を明かした後、二人が警察や報奨金を狙うヤクザたちの追跡をかわしていくプロセスを追って行く。

舞台となるのは、中国南部に位置する、鵞鳥湖(がちょうこ)の周辺。再開発から取り残されたリゾート地だ。

湖周辺で娼婦をしているアイアイと、犯罪者チョウという、アウトサイダー二人。妖しく猥雑な風景の中、彼らは閉じた運命へ向かって疾走していく。

妻に金を渡すため、何としてもヤクザにだけは殺されるわけにいかないチョウ。追い詰められながらも、必死の逃亡、反撃を続けていくこの男の姿に、観客は肩入れし、計画の成就を祈りながら、スクリーンに見入ることだろう。

同時に、中国の知られざる暗部に踏み込み、ディープな社会の底辺を生々しく体感することにもなるだろう。

原色のネオン、見世物小屋の女、工場の機械音、虫の鳴き声。その映像、音像の生々しさったらない。俊敏なカメラワーク、そして創意あふれる演出にも、したたか酔わされる。

後半、ヤクザと格闘するチョウがビニール傘で相手を刺し殺すシーンは圧巻。映画史上屈指の殺人描写と言ってもよいだろう。

ディアオ・イーナン監督の手腕は、すでに「薄氷の殺人」(2014)で証明済みだが、本作で改めてその卓越した才能に圧倒された。中国映画が生み出した、第一級のフィルム・ノワールである。

鵞鳥湖の夜

2019、中国/フランス

監督:ディアオ・イーナン

出演:フー・ゴー、グイ・ルンメイ、リャオ・ファン、レジーナ・ワン

公開情報: 2020年9月25日 金曜日 より、 全国ロードショー

公式サイト:http://wildgoose-movie.com

コピーライト:© 2019 HE LI CHEN GUANG INTERNATIONAL CULTURE MEDIA CO.,LTD.,GREEN RAY FILMS(SHANGHAI)CO.,LTD.,

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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