日本映画

映画レビュー「のぼる小寺さん」

2020年7月2日
一心に壁をのぼる小寺さん。じっと見つめる卓球部の近藤。ある日、近藤は思い切って小寺さんに話しかける。すると彼女は――。

胸がキュンとなるラスト

とある地方都市の高校。新学期が始まって一月ほど。青い空と、萌える緑が眩しい季節である。

主人公の近藤(伊藤健太郎)は、将来の夢もなく、のめり込める趣味もない。覇気のない高一男子だ。ただ、近藤にはちょっと気になる女子がいる。

クライミング部の紅一点で、ボルダリングに熱中する小寺さん(工藤遥)。クラスメートだが、まだ言葉を交わしたこともない。

親から「何か運動部に入れ」と言われ、とりあえず卓球部に入部した近藤。進んで球拾いに走るのは、無心に壁をよじのぼる小寺さんを近くで凝視できるからに他ならない。

とびきりの美女というほどではない。いまどき鉛筆をナイフで削る、風変わりな面もある。しかし、誰とも群れず、毎日毎日ひたすら一人で壁をのぼり続ける小寺さんが、近藤は好きになってしまった。

やがて夏になり、セミの声が響きわたる頃、近藤は初めて小寺さんと会話を交わす。部活の休憩中、庭で水やりをする小寺さんに、思い切って話しかけたのだ。

緊張した面持ちの近藤。笑顔で応じる小寺さん。こちら側と向こう側。見つめ合う二人の姿を、交互に映すショット・リバースショットが瑞々(みずみず)しい。

「近藤君と初めて話したね」。小寺さんは名前を憶えてくれていた! 近藤は俄然やる気を出し、部活にも身を入れるようになる。

この後、近藤と小寺さんとの関係はどうなっていくか。もちろん、最大の見どころではそこだが、それだけではない。

“のぼる小寺さん”に注目しているのは、近藤だけではないのだ。クライミング部の四条(鈴木仁)、写真が趣味でひそかに小寺さんを撮影している田崎ありか(小野花梨)、ネイルアートが趣味でちょっと不良な倉田梨乃(吉川愛)。

みんなが、小寺さんに惹かれている。そして、近藤と同じように、小寺さんによって、彼らの高校生活が退屈なものから充実したものへと変わっていく。

先頭に立って率いていくリーダータイプとは正反対。我が道を行くタイプの小寺さんが、我知らず多くのクラスメートや部員にポジティブな影響を与えていく。そのしなやかなダイナミズムが心地よい。

近藤と小寺さんが一気に距離を縮めるラストには、思わず胸がキュンとなる。“青春映画の巨匠”たる古厩智之監督の面目躍如たる傑作だ。

のぼる小寺さん

2020、日本

監督:古厩智之

出演:工藤遥、伊藤健太郎、鈴木仁、吉川愛、小野花梨

公開情報: 2020年7月3日 金曜日 より、新宿バルト9、ヒューマントラストシネマ渋谷他 全国ロードショー

コピーライト:© 2020「のぼる小寺さん」製作委員会  ©珈琲/講談社

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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